〜ファンタジー小説30のお題〜

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『7:忘れられた呪文(本編)』

*『5:迷いの森』の続き*

 狭い。暑い。苦しい……。
「こんな状態で寝れるか! ……うごっ」
 寝相の悪いセリナの足が勢いよく俺の腹の上に乗り、うめいた。
 一人用・最大収容人数二人のはずの携帯テントに、三人で詰めて寝ている。ブライトは、わずかな隙間へ綺麗に嵌まっている。狭い場所で回転するセリナは、人を下敷きにしながら動き回っている。寝心地が悪いはずなのに、起きる気配はまったくない。

 数時間前。
 森の中へ消えようとするブライトを
「ブ〜ちゃん、一緒に寝ようよ〜」
 と引き止めたのは、もちろんセリナ。リーダーである俺の反論は無視された。

 夜露を避けてテントの中に居たが、これなら外の方がまだ安眠できる。
 溜め息を付きながらテントを出た俺は、外の風景に目を見開き、そのまま止まってしまった。
 森が無い。いや、極小の小島に、テントだけ残されたというべきか?
 周囲五メートルより先は全部水(海か湖)。テント以外、360度全て何もない。地平線も見える。そして上空は、星空のかわりにオーロラのように揺らめく不思議な光のグラデーションで覆われていた。
 おまけに前には
「ネズミだ……」
 空中に浮かぶ、子猫大のふとっちょ巨大ネズミ。
 夢を見ているのだろう、きっと。しかし常識人の俺が、なぜこんなアホな夢を……。
『まぁあああ。この美しい私がネズミ?! そんな下等生物と一緒にしないで欲しいザマス!』
 巨大ネズミは、ヒクヒクと鼻とヒゲを震わせながら呻いた。
『乙女心を解さない最低の輩ザマス! 情緒を解する者は、私を 「白百合のようだ」 と表現しているというのにっっ』
 街で聞いた話が、夢におかしな影響を与えているらしい。
 頭痛がする……。休んだ方がいいな。夢の中で休んでも効果があるか分からないが。
『ちょっと、そこの野蛮人。私を無視しないで欲しいザマス!』
 俺が入りかけていたテントが吹き飛んだ。
 そして目の前に、面白そうにこちらを見ているブライトと、彼の腕に抱えられ、なおもヨダレを垂らして寝ているセリナが現れた。
 夢の中とはいえ、セリナ、俺はお前を尊敬するよ……。

 俺は自分の得物を手にすると、ネズミと向かいあった。
「おい、ネズミ、お前何しやがる!」
『きぃいいい! 私はフィルロエスの偉大なる守り手、ミニーちゃんザマス!』
 その言葉と同時に、俺の体は風圧で地面に叩き付けられた。
「っ……!」
 痛みをこらえて飛び起きると、素早くネズミを射抜いた! ……はずだった。
 しかし矢はネズミの体をすり抜けてしまった。俺は得物を剣に持替えると、ネズミに切りかかった。気合を入れれば! ……やはり手応えなく、すり抜ける。
 今度はネズミから火の玉が飛んで来た。
「あちちちち!」
 俺は急いで身を潜めた。ブライトの後ろへ。
「アベルよ。おぬし、そこで何をしておる?」
 背中から顔を覗かせてネズミの様子を伺う俺に、ブライトが声をかけてきた。
「戦略的撤退さ。最強の盾の後ろで身を守ってるんだよ」
 俺の答えが終わらないうちに、ブライトによってネズミの前に蹴り出された。
「どあああ! だいたいネズミ! 何で俺だけ狙うんだよ」
 俺の訴えを、ネズミは一笑に付した。
『黙りなさい野蛮人。フィルロエスを売り払って金儲けしようなんていう邪心に満ちた存在が、お前しかいないからに決まっているザマしょ!』
 形勢不利で逃げ回っている俺に、ブライトのアドバイスが届いた。
「アベルよ。冷静に真実を見極める目を持たねば、勝てる勝負にも勝てぬぞ?」
 頭上に飛んできた火の玉をしゃがんで避けた。
「弓も剣も通じない敵と、どう戦えというんだよ〜」
 思わず情けない訴えをする俺に、何を思ったのか
「……仕方がない。少し手助けをしてやろう」
 ブライトの言葉と同時に、空のオーロラのような光が消えた。と思ったら、宙のネズミ以上に肥大した特大ネズミの姿が、水面に浮かび上がった。その心臓部が虹色に輝いている。
「そこか!」
 俺は水面のネズミの心臓部に、弓を射かけた。しかし
『何をしているザマス!』
 宙のネズミから、一際巨大な火の玉が飛んできた。転がって避ける。痛みはないが、髪が少し焼けたらしく、硫黄の匂いがした。
「効いてないじゃねえか!」
 慌てて身を起こして走り出しながら、焦って叫ぶ俺に、のんびりとしたブライトの声。
「普通、弱点といえば頭部であろう?」
 いや、違うと思うぞ? そう思ったが、反論はせず、すぐに水面のネズミの頭部に矢を射掛けた。
『きききっ、チュウウウウウ!』
 ネズミの断末魔の叫び声……と思われる鳴き声が響き渡る。同時に風景が崩れ落ちるように変化していく。
 気がつくと、俺達は、例の森の中に立っていた。
「た、助かったぁあああ」
 へなへなと、その場にしゃがみ込む俺に、無情なブライトの声が掛かった。
「これ、アベル。さっさと吹き飛ばされたテントを組み立てぬか。寝られぬではないか」
 何かが、おかしい。主従関係が逆転しているぞ。……そうは思ったものの、もう逆らう気力も無く、俺は黙々とテントを組み立てて、中に倒れ込むようにして眠ってしまった。

(おまけへ続く)


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