〜ファンタジー小説30のお題〜

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『9:的外れ(本編)』

 街から去る俺は、請負休止とコンビ解消、証明書発行手続きのためにギルド(職業組合)へ来ている。ギルドは街単位で異なる。しかしこの街で請け負った仕事の成果は、次回の仕事探しの時に有利に働くはずだ。
 コンピ解消の件は、ブライトとセリナに話していない。エリザベスの登場で、金銭を広げることに危険を感じて躊躇(ためら)い、肝心の話に持ち込めずにいた。
 換気の悪いギルドの建物室内は、オヤジたちが吸うパイプで白く煙っている。この街は大きいだけあり、ギルドへ仕事探しに来ている人も多く、受付の前は列ができている。
 俺は順番を待ちながら、聞くともなく周りの声を聞いていた。
「ジルラ国の第三王女探しの依頼がギルドに来ているらしいぜ」
 その時、そんな話が耳に飛び込んできた。目を向けると、近くの窓際に筋肉の盛り上がった腕におぼえのありそうな男がおり、目深に帽子を被った男へ話かけている。多分彼は相棒で、請負う仕事の打ち合わせをしているのだろう。
 最近良く耳にするなあ、ジルラ国。セリナの母国だしな。
 興味を引かれ、話に耳を傾けた。
「この街で第三王女を見かけたという目撃証言があるんだ」
 第三王女はセリナだったりして。ジルラ国からこの街へ続く道のりは険しい。特に女性は、ジプシーや特殊な職業に就かない限り、まず来ることはないだろう。でもまあ、王女のはずはないか。姫さまは侍女や家来を従えているし。
「王女様を連れた御一行様なら目立つじゃろう。なぜ、わざわざギルドに依頼するんじゃ」
 話し相手の男も俺と同じことを考えたようだ。
「それがな、一人なんだとよ。誘拐か、出奔か」
 一人? まさか本当にセリナは……。いやでも、品位はないし野性児に近いし、姫さまのはずがない。
「全然、王女様らしくない王女だそうだ」
 俺の心臓の鼓動は早まった。まさか、ね。
「年は十六才。ただ年齢が分り難い外見らしいぜ」
 セリナは十代前半に見える。外見の特徴も一致か? 俺は話の詳細を聞き逃すまいと耳をそばだてた。それに気付いたのか、帽子を被った男が、
「他に聞かせる話じゃねえ」
 そう言うと声をひそめ、話し声が途切れ途切れにしか聞こえなくなった。……気になる。
 フィルロエスも、ジルラ国の人間であるセリナが知っていたよな。地元の街の人間が知らず、図書館にも無いのに。 『情報があるとすれば王立図書館』 ……やはり、これは。
 王女様なら、セリナは相当世間知らずだろう。ブライトが一緒ならば大丈夫だとは思うが、エリザベスに騙されかけた前例もあるし。いや、それは俺か。
 護衛を雇うつもりで、怪しい人物に捕まらないとも限らない。心配になってきたぞ。でも俺は別れると決めたんだ、関係ない! しかし今まで仲間で、一緒に居た身として余りに薄情かな……。いや、でも、しかし。
 苦悩する俺の耳に、第三王女発見者への報奨金の金額が聞こえてきた。フィルロエス発見時に獲得した報酬の、1/100にも満たない額だった。
 おい、一国の王女様を探し出す額として安くないか? しかも隣国まで護衛するなら、逆に不足する。
 帽子の男も同じことを思ったのだろう、一気に興味を無くしたようだ。
 慈善家に出会えればいい、しかし、そんな人物は現れないかもしれない。でもフィルロエスで手に入れた報酬は、帰りの資金に十分なはずだ。でも、しかし。……良心が傷む。あああああ、もう! 俺はグシャグシャと頭を掻き毟った。仕方ねー、セリナと別れるのは、ジルラ国まで延期だ。
 とりあえず手続きだ。俺は受付へと向かった。

 宿に戻る途中、人垣が見えた。何事だ? 建物の陰で隠れていた部分が見えて来て、俺は絶句した。
 エリザベスがロープでグルグルと何重にも巻かれ、木に吊るされていた。その下にはブライト。ロープは体に食い込んでいる。ロープも重さに耐えかねたのか細い部分は所々千切れており、木の枝もミシミシと軋んでいる。さすがブライト、よく持ち上げたなぁ。
 不思議な力のあるブライトだ。力で懲らしめるのではなく、この方法を取ることで、かなり手加減はしたのだろう。多分、これでも。
「堪忍や〜、堪忍や〜」
 例によって、哀れっぽい声でエリザベスは訴えている。
「今度は何をやったんだよ?」
 声をかけると、ブライトが面白くもなさそうに答えてくれた。
「おぬし達の稼いだ報酬を全部、持ち逃げしようとしたのだ」
「……捕まえてくれて、ありがとう。ブライト」
 本当に、懲りない奴だ。先日俺の部屋への侵入も、主犯はエリザベスだった。武器やお金を狙い、ピッキングで侵入したのだ。セリナは、たまたま通りがかり、エリザベスを巻き込んでベッドに侵入しただけだった。商人よりもシーフ向きだよ、その手先。
「セリナが見当たらないが……」
 珍しい。俺はキョロキョロ周囲を見回した。
「我が、薬の調合を依頼したのだ。宿で作業中だ」
 とブライト。セリナへは後で伝えればいいか。
「次の目的地はジルラ国だ」
 しっしっと見学人を追い払いながら、内輪話を始めた。エリザベスが悪事を働けない今こそ話し合いのチャンスだ。今後の旅で、エリザベス二号が現れないとも限らない。報酬も分けてしまいたい。
「ジルラ国の第三王女がこの街に居るらしいぞ。案外身近なところに居るんじゃないか、と思うんだが」
 その時、頭上でメキメキメキ、バキッという木の折れる音がした。げっ。エリザベスが降ってくる!
 素早く避けるブライトを目の端でとらえつつ、俺は咄嗟に抱きとめるため、両腕をのばした。受け止めた! ……と思ったら、そのままエリザベスの下敷きにされた。
「痛っーーーーーーーーー!」
 下敷きになった腕全体ではなく、肩に激痛が走った。無理な体勢で受け止めたからか、落下速度までも追加された恐ろしい重量が腕にかかったのが原因か。……くっ! 俺の表情を見たブライトは、すぐエリザベスの下から救出してくれた。しかし押さえた左腕は、糸で吊った操り人形のようにブラーンと揺れて自由にならない。
「脱臼だな」
 ブライトはそういうと俺の腕を掴み、ゴキッと肩にはめた。瞬間更に痛みが走った。
「痛っ。あ……あれ?」
 左腕が元通り動くぞ。あああ、良かった〜。
「念のため、診療所で診てもらうがいい」
 その時、エリザベスの言葉が耳に飛び込んできた。
「ジルラ国に出発や〜。準備せなあかん。ギルドに行かな」
 立ち上がってギルドに向かうエリザベスに、思わず声をかける。
「おい。まさか、お前もジルラ国に行くのか?」
「同じパーティーやで。当然や」
「誰が?」
 エリザベスの指先はこちらを向いていた。同じパーティー?
「……エリザベス。お前は、商人の修行があるだろ?」
「もう商人は極めたで」
「商人の心意気を、何一つ学んでないだろうが!」
 俺の言葉を聞き流し、エリザベスはドテドテと去って行った。
 エリザベス。街の商人たちのような滑舌の良さも、テンポの良さもないんだぞ、言葉でさえも。
 ま、いいか。セリナを送り届けた時の報奨金でも狙っているのだろうが、何もエリザベスを連れて街から出る必要はない。
「ブライト、セリナへの伝言は任せた」
 体調不良で旅に支障が出ては困る。俺は診療所へ向かった。

(おまけへ続く)


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