〜ファンタジー小説30のお題〜

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『8:ロングソード』

 俺はホクホク気分で商店街を歩いていた。目的は刀剣鍛冶と武器商。所持している剣は刃こぼれをし、そろそろ買い替え時なのだ。磨ぐのは苦手だし。
 今セリナは、街の外へ薬草を摘みに行っている。意外な才能である。俺には草の違いなどわからない。普段姿を消しているブライトは、街から出ると合流してくるので、多分セリナと共に行動をしているのだろう。

 ブライトが見つけてきたフィルロエスは、凄い金になった。提示報酬額に更に上乗せもしてもらえたのだ。
 フィルロエスは、何のことは無い、石版に呪文を刻み込んだ人物の名前らしい。受け取り主の、金持ち考古学者さまの説明によると、フルネームはクローク・フィルロエス・クラウレン氏。そのまま、石版の名称に用いられていたようだ。
 くっくっくっくっ。
 あー、もう笑いが止まんねー。
 考古学者や呪術師から見た価値は知らないが、俺にとってはただの石。まさかこんなに金になろうとは。
 来週、俺はこの街から旅立つ。
 金が手に入れば、これ以上街に留まる理由はない。そしてセリナともオサラバできる。ガキの世話から完全開放だぜ。ひゃっほー!
 ブライトは、セリナへの餞別だな。やはり足は必要だろうし、セリナは奴に懐いているだろ? けっして命が惜しくて押し付けるわけじゃないぞ。俺もこれだけ金があれば、馬の一頭を買う余裕もある。
 儲けは山分けだ。俺は旅の準備資金、セリナも護衛の雇用が必要だ。ジルラ国は隣国とはいえ、山越えもあり大変な道のりだ。まあ、これだけ金があれば、セリナも無理せず旅ができるだろう。

 目的地に辿りついた俺は、道に商品を広げていた武器商の前で足を止め、ロングソードを手にとった。露店はたまに掘り出し物が置いてあるのだ。馬術の得意な俺には、やはりロングソードが最適だ。軽く振ってみて、なじみ具合を確かめてみた。ズシリとした重量感はあるが、扱いやすい。すると武器商人が、もみ手をしながら、にじり寄ってきた。
 目は笑って弓形だが、細すぎて目玉が見えない。というか、夢に出てきた宙に浮くネズミに似てポッチャリしており、盛り上がった頬の肉に目が埋まっている。
「いや〜お客さん、ホンマにお目が高いわ! これは東洋シナの国から届いた一品モノや。他では絶対に手に入らへんで」
 不自然な話し方。誰かの口調を真似ようとして、失敗している感じである。かなり高めの声で、どうも女性らしい。パッと見、性別不明なのだ。
「え? そ、そうか? いや〜、俺も良いものだと思ったんだよ。わははは」
 実は、剣の良し悪しはイマイチよくわからない。でも、おだてられて良い気分だ。
 値段を聞き、財布の中身を見て考えていると、目ざとく中身を読み取ったらしい商人は、次にゴテゴテと宝飾品とついたショートソードを差し出してきた。
「これは某王国に伝わるショートソードやで、旦那。装飾品として売ることも出来る万能商品やねん。こりゃ買わな損やで〜」
 ショートソードの紋章には見覚えがある。ジルラ国のものだ。部族にいた時、鍛冶を専門に扱っていた仲間が、王族の剣を鍛える手伝いをしていたのだ。紋章はさすがに刻まず、俺が目にしたのは絵に描かれた紋章だが。
 盗品か? おいおいおいおい。
「俺は、実用性の高い剣しか必要ない」
 俺は憮然として答えた。
「ちっ。良いカモやと思おたのに」
 武器商人は舌打ちして呟いた。こら、聞こえているぞ。
 少しムカついた俺は、武器商人の頬をビヨヨヨーンと引っ張った。温めたチーズのように良く伸びる。
「いでででで。何すんねん、お客さん」
「カモというセリフ、聞かなかったことにしてやる。だから代金をまけろ」
 武器商人は、うっと詰まり、しぶしぶ頷いた。
「まったく、お客さんには、敵わへんわ」
 俺は先ほどのロングソードを受け取ると、予想以上に安く手に入ったことに気分を良くして宿に帰った。

 宿には珍しくブライトが居た。セリナを手伝い、薬草の仕分けをしているらしい。ブライトは、俺の新しい剣に目を留めたようで、首をかしげた。
「アベル、おぬしは剣の購入に行ったと聞いたのだが? 模造品を手に入れて、どうするのだ」
「模造品だと? まさか……」
 俺は、椅子にロングソードを当てて突いてみた。刺さらない。あんの武器商人!
 急いで商店街に戻ると、例の武器商人は、荷物を片付けてコソコソ逃げ出す所だった。俺に気付き、商人は駆け出した! と思ったら、石に躓(つまづ)いてボテッとこけた。その体で俺から逃げようとは愚かな奴め。絞め上げてやる。しかし重くて吊り上がらないぞ。
「堪忍や、堪忍やで、お客さん! 腹が空き過ぎて、お金が欲しかったんや〜」
「自分の肉を食え! 有り余っているから丁度いいだろうがっ」
 その時、後ろから手が伸びて、パンが差し出される。セリナだ。ついて来ていたのか。夕方、街では焼きたてのパンが売り出される。明日の朝食用に買ったパンの一つだろう。
「ど〜ぞ♪」
 武器商人はパンをひったくるとガツガツ食べ始めた。絞めが足りなかったか。
「姉ちゃんは、天使やな〜」
 涙を浮かべながら、感謝の言葉を口にする商人。毒気を抜かれた俺は、商人から手を離す。女性を絞める趣味もないし。何より首周りが太すぎて、俺の腕の方が痺(しび)れそうだったし。
「あたしはセリナだよ♪ あなたのお名前はな〜に?」
「エリザベスっていうねん」
 エリザベス? 伸び具合も色もチーズの方が絶対似合うと思うぞ。
 商人エリザベスは、ガシッとセリナの手をとった。目は、物欲しげに残りのパンを追っていたが。
「困った時はお互い様や。また頼むで」
「おいこら!」
 反省の欠片も無い奴だ。
 いつの間にかブライトも傍に来ていたようで、エリザベスの荷物から一本の剣を取り、渡してくれた。
「アベルよ、この剣は本物だ」
 手にとって振ってみる。まともな剣もあるのかよ。とんだ商人だよ、まったく。
 エリザベスはブライトを見ると、ダラダラと冷や汗を流し始めた。
「あああああ、あああああああんた、何者や?!」
「ブ〜ちゃんだよぉ♪」
 セリナ、それは答えになってないぞ。しかし、親切に答えてやる義理もないので、俺はサッサとその場を立ち去った。

 翌朝。
 岩に押しつぶされる夢にうなされて、俺は目を覚ました。
「うげっ」
 俺のベッド、いや俺の上に乗っていたのは、鍵を手に入れていたらしいセリナと、そして巨体エリザベス。圧死する! 押しのけて脱出を試みたら、ベッドから転がり落ちてしまった。
「セーリーナー! エリザベスまで連れ込んだのかよ〜」
 その時エリザベスから、ぐふふふふっという笑い声が聞こえてきた。
「小娘を売っ払って一儲(ひともう)けや〜」
 どういう寝言だよ。……セリナ、俺は知らんぞ。

 数時間後。
 ブライトに指摘され、寝ている間に、エリザベスがロングソードを模造品に掏(す)りかえていたことに、ようやく気付いた。当然俺は、エリザベスを街の警護団、ではなく、肉屋に引っ立てた。
「堪忍や〜! ほんの出来心やったんや〜」
 堪忍や、と言いたいのは俺の方だ。くそー。

<『8:ロングソード』 完>


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