〜ファンタジー小説30のお題〜
<番外編:ミーナの章>
気がついた時、私とルーカスは介護用テントに寝かされていました。心配した様子でタリアと族長チチが枕元に座っています。
「族長、魔物は……」
緊張の連続からか口内が乾ききっており、かすれる声で必死に私は尋ねました。
「大丈夫。ミーナ安心しなさい。アベルが連れてきたモノは、決して悪ではない。アベル次第で、今後彼の運命は好転できるはずだ」
私は族長の保証にホッとして、そのまま眠りました。
ルーカスも、自分の死の幻覚を見せられたはずです。心が壊れてしまう危険もありました。しかし幸いにも、胸の水晶と彼自身の強靭な精神に守られ、無事でした。
そして間もなく。
私は、持っていた力の殆どを失ってしまったことに気付いたのです――
体調が戻ってすぐ、私は族長チチのテントを訪れました。
「族長、私は力を失いました。闇を払う力もありませんし、人の未来も見えません。部族に残存できる力はありません。この部族を去ろうと思います」
しかし族長は優しく私に微笑み、引き止めたのです。
「ミーナ。闇を払い、真実を告げることだけが、占い師の仕事ではないよ」
と。
「占い師は、心に迷いを持つ者に、希望を与える仕事だ。そして進むべき道に迷い惑っている者たちに、道を示唆し、後押ししてやるのも大切な仕事だ。ミーナ、お前には小さい時から母の傍で、占いを学んできた。そしてお前自身、多くの人の相談にのり、迷える人の道しるべとなってきた。それは、真実を見抜く力だけで行える仕事ではないだろう? 他人の問題を我がことのように考え、悩み、真剣にアドバイスし、力になってきたからこそ、皆がお前の元に相談に訪れたのだ。今でも占い師としての資格は十分だと私は思う。違うか?」
力に頼らずとも、未来は、自分自身で切り開いていけるものだと。族長に教えられました。意味を理解して納得し、立ち直るには、私の心はまだ、未熟過ぎて無理した。しかし、もう少し部族に残って頑張ってみよう、そう思い直したのです。
「最近眠りが浅くて、悪夢ばかり見るんだ」
私のキャンプに、シルバという部族の青年が相談に来ました。
「以前はこんなこと無かった。仕事で疲れて夢も見ずに眠れていたんだ」
驚いたことに白い魔物はアベルを襲うことなく、大人しく従い、まるで普通の馬の様でした。大丈夫という族長の言葉通りに。しかし圧倒的な力を持つ魔物は、存在するだけで、敏感な者の精神に影響を及ぼしていたのです。
「なぁ、アベルが子馬を連れてきた時から、何かおかしくないか?」
馬をはじめとする、家畜の出産数は激減しました。人間以上に敏感な動物たちに、影響が無いわけがありません。このような目に見えて現れた影響も、仲間達を不安にしたのでしょう。
「彼の馬が、家畜や人を襲っているわけではないだろう?」
「しかし不安を感じているのは一人や二人じゃないんです」
「我々は仲間だ。不安を感じるのなら、アベルに直接話せばいい」
「それが、アベルを前にして話そうとすると、なぜか体が震えて、何も言えなくなってしまうんだ」
アベルと馬の不在を狙って、族長や私のもとに次々仲間が数人で訴えてくるようになりました。そして部族の仲間同士で、よく話し合いが行われるようになっていました。
「アベルに馬を捨ててもらうのは、どうだろう」
「それは難しいのでは?」
「それなら、アベルに部族から離れてもらうしかない」
私たちが会話をしていた、まさにその時、強い視線を感じ、全員森の方に視線を向けました。
例の馬の形をした魔物が淡い光を発しながら佇んでいました。
「うわぁ!」
「やだっ」
突然、ナイフ、斧などの皆が手・腰にしていた得物がシュウシュウと音を立てながら溶け出したのです。そして、時が加速されたかのように瞬く間に腐敗し、ボロボロと崩れていきました。
場は一気に凍りつきました。気温が氷点下なったかのように。誰一人その場を動けなかったのです。そして、いつ魔物が姿を消したのか誰一人確認できた者もいませんでした。
「皆、どうかしたのか?」
間もなくして、緊張感の欠片も無い声が聞こえ、場の緊張がフッと途切れました。
現れたのは、アベルとルーカスでした。 アベルは、ルーカスの作った不恰好な木の鎧を身につけて、歩きながらよろめいており、ルーカスは、『俺の作品を褒めてくれ』 と期待に満ちた表情をしています。
「おいおい。大切な得物を放り出し、何をやっているんだ」
ルーカスは呆れ帰った様子で、屈んで落ちていたナイフを拾い上げ、目の前の仲間に手渡しました。皆、我に帰ったように自分の得物を拾いだしました。驚きと恐怖で多くの者が自分の得物を地面に投げ捨てており、それがバラバラと散らばっていたのです。得物は、いつもと同じ、鈍い銀の輝きを放っていました。
幻覚を見せられたようです。以前の力があった頃の私であれば、周囲を覆う白い霧が見えていたのかもしれません。しかし。 『こんなに簡単に解けるものだったろうか?』 そう考えた後、ふとアベルの出現が、幻覚を解く鍵となっていたのではないか、そんな気がしました。
幻覚を見せられた者達の怯えは大きく、そして、これ以上、部族全体に悪影響が出るのを見過ごすことも無理でした。
「もう少しだけ待って欲しい。アベルには独り立ちできる力を身に付けさせ、最高の舞台で送り出してやりたいと思う」
苦渋に満ちた族長チチの言葉を、仲間達は受け入れました。皆、決してアベルを嫌ってはいませんでしたし、何より族長チチを信頼していましたから。
そしてアベルが独立する、武術大会の開催の日が訪れたのです。
魔物への恐怖に加えて、『ブライト』 と名付けて大切に可愛がっているその姿に、私たちは真実を告げることが出来ないまま、アベルとの別れの日を迎えました。族長チチは、技術向上に励む彼のやる気を殺がないよう、あえて黙っているように見えましたが。
* * *
それは、力を失って久しい私には懐かしい感覚でした。今では形骸となってしまったはずの占いの水晶玉に、暖かくて強い力の存在を感じたのです。アベルの運命を変えることのできる、少女の存在を。
「南南西方角が吉!」
そして私は、キーワードとなるメッセージを残し、彼の運命を少女に託しました。
仲間だった私達が、アベルのために出来ることは、ここまでです。
彼ならいずれ、真実に辿りつくでしょう。
運命を切り開いていくのは、彼自身。
アベル、貴方の未来に、幸運が訪れますように。
<ミーナの章 『4:占いの水晶玉』 完>