〜ファンタジー小説30のお題〜

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『4:占いの水晶玉(前編)』

<番外編:ミーナの章>

 私の名前は、ミーナ。族長チチが率いる部族に所属している占い師です。
 トリップ状態の時に、前後の脈略なく叫んでしまうため 「宙と交信している」 と言われ、変な人と勘違いされます。でも本当は、普通の大人しい女性です。
 小さい時から第六感が鋭く、かつては部族一、優秀な占い師と言われていました。

* * *

 アベルがブライトを伴って現れた日のことは、今でも忘れられません。
 あれは……。森と湖の町バリローチェを訪れた時のことでした。
 高地の朝は寒く、辺りは一面、薄っすらと霜が覆っていました。
 妙な胸騒ぎがして、水晶を見つめていたのです。母から譲り受けた水晶の中に、白い靄(もや)が現れ、みるみる視界を埋めつくしました。部族に巨大な力が近付いてくる、そう感じました。

「おい、ミーナ、聞いてくれ! 湖畔で子馬を見つけたんだ」
 アベルが私のもとを訪れました。馬の形をした恐ろしい生き物を伴って。
「こいつ、かわいそうに。親を亡くしたんだ」
 子馬から発せられる圧倒的な存在感、威圧感。私は卒倒するかと思いました。何事でもないように抱きしめているアベルが信じられませんでした。
「だ、駄目。アベル、その子馬は、光が、白い光が」
「光? そっか、こいつの親馬が守護霊となって守っているのかな? よし、決めた! 名前はブライトだ」
 ヘヘッと嬉しそうに笑いながら子馬を撫でるアベル。その手を見て、私は絶叫しました。何と彼の手には、生贄の刻印が刻まれていたんです。
「大凶! 駄目よ、だめーーーーーー!」
 でも、アベルはビックリしただけでした。
「ちょ、ちょっとミーナ。子馬を驚かせないでくれよ」
 アベルの第六感は、とても鈍いのです。危険と隣りあわせで生きているジプシーとしては珍しいほどに。いえ、町や村に住んでいる人よりも鈍いかもしれません。ですから、残念ながら、私の気持ちは通じませんでした。

 魔物に心を奪われ、風前の灯となっているアベルの命を助けてあげたい。しかし、頼りの族長チチは不在でした。町の有権者のもとへ、部族の通行と滞在の許可を得に行っていたのです。そこで私は親友のタリアに相談しました。
「ミーナ、アベルを助けるわよ。一刻を争うわ。いつ魔物の腹の中に納まってもおかしく無いもの。そうだ、ルーカスも巻き込こんじゃおう」
 タリアの言葉を受け、私たちがルーカスの元を訪れると、彼はシュッ、シュッと戦斧を磨いていました。 『刃先が折れるのでは?』 と思わず心配したほど鋭く輝いています。ナイフのように指も切れそうです。
「ルーカス、アベルを救い出す手助けをして欲しいの。彼は生贄の印を刻まれて帰ってきたのよ」
「生贄の印? 何だそれは?」
 ミーナの言葉に、ルーカスは訝しげな表情をしました。
「魔物が刻んだ所有印です。多くは 『自分の餌を取るな』 という意味で、食用とされる未来がまっています」
 私の補足説明を聞いてルーカスは顔色を変えました。
 こうしてルーカスの快諾を得て、私たちは三人で白い魔物を追い払う計画を立てたのです。部族の若手の中で実力派といわれ、自分たちの力を過信していました。協力し合えば魔物を追い払えるのではないか、そう考えてしまったのです。

 私達が探し出した時、アベルは干草と水を用意し、白い魔物の毛並みを整えていました。
「もう乳離れは済んでいるよな? ブライト。沢山食べて、大きくなれよ」
「ね、アベル。ちょっといいかな?」
 予定通り、タリアがアベルに話しかけ、連れ去りました。二人の姿が見えなくなったのを確認すると、ルーカスと私は白い魔物を挟みました。正直、力に圧倒されて怖気づきそうです。ルーカスの首にも私の首にも、タリアと共に退魔の祈りと力を込めた小粒の水晶をかけています。私の本当の力は退魔の力。人々から闇を取り除き、良い方向へ運命を導いていく、それが私の力です。
「頼む。アベルを解放して欲しい」
 ルーカスの言葉に続けて、私も一生懸命にお願いしました。
「アベルは骨と筋しか無いです。絶対に不味(まず)いと思います」
 すると頭に重々しい声が響いてきました。

『アベルは聖域を侵し、我が生贄を奪ったのだ。相応の報いを受けねばならぬ』

「そんな……」
 魔物が自ら開放しない限り、アベルは刻印に縛り続けられます。すぐに死ななかったとしても、精神に悪影響が出る可能性は大きいのです。
 ジャラリ……。ルーカスは戦斧を構えました。私は震えそうな自分を叱咤激励し、水晶を上げました。力が溢れ、ルーカスと私と魔物を包み込みます。外では、タリアが結界を張ってくれています。これで、ルーカスと私は魔物の攻撃をある程度相殺でき、周囲を被害から守り、かつ魔物をエリア内に閉じ込めたはずです。
「絶対に、アベルから手を引いてもらう」
 言葉と同時に、ルーカスの戦斧は、魔物の頭上に振り下ろされていました。足元にあった干草が、風圧で吹き飛ばされて舞い散り、馬の鬣(たてがみ)が、数本パラパラと散りました。魔物は紙一重でルーカスの攻撃をかわしたようです。
 力で叩き切る・叩き潰すという役割の斧が、まるで鋭い剣に変わったかの様に、周囲の物を切り刻んでいきます。ルーカスはどんどん踏み込んで、相手に休む間を与えず攻撃を仕掛けていきます。魔物は防戦一方です。ルーカスの連続攻撃に反撃が追いつかないのかもしれません。
 彼らの方向から、桶がすっ飛んできたので、私は慌ててしゃがんで避けました。いえ、避けたつもりでした。
 バシャッ! (ガン、ゴロゴロゴロゴロ)
 奇跡的に桶の直撃は免れましたが、水を被ってびしょ濡れになってしまいました。
 しくしくしくしく。
 ザザザー。シュッ。ドスン。ズザッ。ガガガガッ。ズドッ!
 ぶつかっている音は聞こえますが、既に両者の動きは速過ぎて私の目では追えません。仕方がないので、祈りを捧げることに集中しました。
「獲った!」
 ルーカスの声が響きました。
 しかし。突然、辺り一面白い霧に包まれて静まり返り、全く視界が利かなくなっていました。
「ルーカス?」
『人間風情が我に敵うと本気で考えたのか? 笑止』
「ひっ!」
 足元には、頭部が陥没し、血まみれになったルーカスが倒れていました。彼自身の戦斧で叩き割られていたのです。即死? 急いで跪(ひざまず)き、傷や呼吸を確認しました。
 ……? 何か変です。息をしており、乱れてもない。まるで眠っているよう。夢を見ているのでしょうか?
 私は自分の指先を噛み切り、自分の血を水晶に滴らせ、力を込めました。次第に白い霧が晴れ、怪我も無く気を失って横たわっているルーカスが目に入りました。私はホッと胸をなでおろしました。
『我が効力を中和できる力、か。面白い。しかし。厄介でもあるな』
 白い魔物が青白く輝き、不思議な力が私を包み込みました。
『奪取(だっしゅ)しておくとしようか』
 そして。私は、前後不覚に陥ったのです――。


(後編へ続く)


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