〜ファンタジー小説30のお題〜

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『3:雷の中で(前編)』

 朝。
 野宿と違い、柔らかい民宿の布団でまどろむ時間は何て心地いいのだろう。でも今日から初仕事。いつまでも寝ている訳にはいかない。
 もぞもぞと身動ぎした。すると。ふにゃり。何か柔らかい物体に触れた。
「?」
 邪魔なので、とりあえず蹴り落とす。すると、ゴロン、と生きた人間が転がり落ちた。
「いったぁあああい。アベルさん、酷いですぅ」
「う、うわあああああああ」
 そこに居たのは、この街で出会ったガキ(♀)セリナだ。
「ガキのくせに、男の寝込みを襲うんじゃねーよ!」
「もぉ。人間理解し合うには、ふれ合いがとおおおっても大切なんですよぉ」
 こいつは俺以上に金を持ってない。絶対宿泊代をケチったのだ。部屋の鍵をかけ忘れるなんて、一生の不覚だ。
「今日、初めての二人の共同作業♪ 頑張りましょ〜ね!」
 瞳をきらきら輝かせてセリナは言う。
 誤解の無いように説明すると。
 街にいる間だけは面倒を見てやろうと、コンビでギルドに登録したのだ。ミーナに騙(だま)され、なけなしのお金を巻き上げられた彼女が気の毒で。こんな仏心を出すなんて、案外俺も、慣れない一人旅で人恋しくなっているのかもしれないなぁ。

 族長チチの名は、ギルドの間でも名が知れ渡っている。捨てるに捨てられず持ち歩いていた表彰状と寄せ書きが、意外にも俺の身分保障となり、早速仕事を任されることとなった。
 愛馬ブライトを所持しているため、鉱山労働者への配達が初仕事だ。難しい仕事ではない。
「天気が崩れるかもしれない。とっとと終わらせるか」
 ギルドから届け物を受け取り、山頂付近が雲に覆われている目的地を確認する。外では待機していたセリナが愛馬ブライトに話しかけていた。昨日のうちに、水と干草を与え梳(くしけず)っていたため、ブライトは毛並みも艶やかだ。そして俺と居る時より嬉しそうだ。こいつもオスだなぁ。
「ブ〜ちゃんは、本当に綺麗♪ 美人さんですねぇ。惚れちゃいそうです♪」
 チュッとブライトにキスしながら、セリナは言う。理解しているのか、いないのか、ブライトはピンと耳を立ててセリナの言葉に聞き入っている。ブライトは鼻先を彼女の額に擦り付け、セリナはくすぐったそうに笑い出した。
 ブライトは大きくなった。
 俺とブライトの出会いは一年前。旅の途中、水汲みに湖畔を訪れた時だった。流れ矢にでもあたったのだろう、一頭の馬が倒れていた。その傍に子馬のブライトは寄り添っていた。親馬を失った姿が胸に痛くて、倒れた馬を埋葬してやり、子馬をキャンプ場へ連れ帰ったのだ。人を恐れたブライトの噛み傷が、三日月形の痣となって俺の手の甲に残っている。俺には勲章だ。
「ほら。もう出発するぞ」
 荷物を括りつけてブライトに飛び乗り、セリナを掬って前に乗せると、目的地へと向かった。

 約一刻ほど後。俺達は鉱山入り口に到着した。官吏小屋の前でブライトを止め、荷物を降ろす。荷物を渡して受け取りのサインをもらい、街へ持ち帰る荷物を預かり、防水用に油を塗った麻袋で包む。
「兄さんたち、早めに街へ戻った方がいい。間もなく雨になる。山から風が吹き降ろしているんだよ。しかも鱗状の積雲も広がっているから雷の危険もある」
 官吏は空を見上げて、忠告してくれた。
「少し遠回りになるけど、西側の道から下った方がいい。途中に雨宿りできる小屋があるんだ。おねえちゃんと一緒なんだから無理は禁物だよ」
 ちょうど、交代の時間だったのだろう。外では何人かの労働者が休憩し、食事をとっている。そして、その中に違和感無く紛れてセリナがいる。和やかに会話しつつ、ちゃっかりお弁当のお裾分けをもらい、食べているようだ。居心地良く馴染んでいるようだし、いっその事、このまま置いて帰るのはどうだろう?
 荷物を乗せると、そのまま見つからないよう、そろりそろりとブライトを誘導する。が、
「あ♪ アベルさ〜ん♪」
 ばたばたと手を振りながら嬉しそうにセリナが駆け寄ってきた。
 ちっ。気付かれたか。

(後編へ続く)


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