〜ファンタジー小説30のお題〜

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『2:地図』

 俺はアベル、十八才。愛馬ブライトと旅をしている。一か月前に負った予想外の傷の治療で、出費を強いられ、金銭的にかなり苦しい。
 街のギルドに登録し、仕事を探した方がいいのだろうか。そう考えた俺は、次の目的地を仕事の多い(と思われる)セントラルシティーに定めた。

「地図いりませんかぁ? 他では手に入らない貴重な地図ですよぉ」
 街に到着早々、ガキ(♀)が甲高い声で話かけてきた。
 "他に手には入らない"という言葉に気を引かれて、俺は足を止めた。旅を続ける上で、地図は大変貴重だ。ポラリス(と太陽)でおおよその方角を定め、出会った人に聞き込みをしながら旅を続ければ、目的地に辿り着けないこともない。しかし効率は悪い。そして地図は、道中に点在する小さな町や村の所在も教えてくれる。旅を格段と楽にする貴重な情報だ。特に一人旅の俺は、野宿と違い安全の心配をせず熟睡できるし、装備の充実も図れてとてもありがたい。ブライトにも、十分な餌も与えることができ、狼の心配も不用だ。
「本来は売り物ではないけれど、貴方にだけ、特別に売ってあげましょ〜!」
 地図を見ていると、反応の良さに気を良くしたのか、ガキは 「じゃじゃ〜ん」 と変な擬音を発して、声を張り上げた。
「今回限りの特別特価、出血大サービス! 貴方が連れている馬との交換で、手をうってあげちゃいますよ♪」
 その地図は、手書きの地図だった。しかも、かなり下手糞だ。さらに、地図に描かれている 『ジルラ国』 に、俺が行く予定はない。
「……売り物ではない、ではなく、売り物にならない、の間違いではないのか?」
 そういうと、ガキは 「えっへん」 と無い胸を反らした。
「当然ですぅ。だってそれは、あたしが家に帰るために特別に描いてもらった地図なんだから」
 ……おい。
「悪いな。俺に、その地図は不要だ。役に立たない。それに愛馬ブライトと別れる気も無い」
 そう告げて、通り過ぎようとしようした。しかしガキは、俺の腕にぶら下がってきて、引き止めにかかった。
「大丈夫ですっ! 売買の成立後でも、画期的な解決方法があるんですっ! 貴方とあたしが一緒に旅すればいいんですよ。貴方にはあたしの馬が、あたしには貴方の地図が♪ ほら、お互い過不足無し。万事OKでしょ〜♪」
 俺は、ガキを腕から引きはがし、睨みつけた。
「共に旅する仲間が欲しいなら、酒場かギルドへ行けよ」
 すると、ガキはべそを掻き始めた。
「酒場もギルドも探したけど 『足手まといになるから』 って全員に断られたんですぅ」
「……お前の職業は何だ?」
「えっとぉ。……無職?」
 テヘッと、上目使いに俺を見上げて小首を傾げながらガキはのたまった。
 ……話にならない。俺は再度そのまま通り過ぎようとした。しかし、またしても、しぶとくガキが腕にしがみついてきた。
「だからっ、藁(わら)にも縋(すが)る思いで、占ってもらったんですっ。そしたら 『南南西方角が吉!』 って言われてっ」
 南南西方角が吉? どこかで聞いたことのあるセリフだ。
「南南西は、北と違って細い道しかなくて、一日一人通ればいい方で。だけど、駄目もとで、もし奇跡的に今日人が通ったら、運命だから絶対ついて行こうって決めて、朝からずっと張っていたんですっっ」
「おいガキ。占い師の名は分かるか?」
「ガキじゃないですぅ、セリナですよ。え〜っと、確か……。 『ミーナ』 だった気がします」
 ミーナだと?! 間違いない。
 俺は、再度ガキを腕から引き剥がし、襟首をグイッと掴んだ。
「おいガキ。その占い師の元へ俺を連れて行け」
「だからぁ、ガキじゃないですってば。セリナですってば」
 ガキ、もといセリナを伴い、俺は占い師が居るという中央市場へ急いだ。
 仲間達に再会できるかもしれない。俺の胸は高鳴った。


 市場へ行くと、遠目に、荷物を乗せ終えた数台の馬車と、出発直前の旅の一座が見えた。
「おーい!」
 俺は、声を張り上げた。一番近くにいた男が振り返る。ルーカスだ。やはりチチの率いる(元俺の)部族だ。俺は嬉しくなって大きく手を振った。
 ……が。
 俺を見た途端、奴は、恐ろしい魔物を見たかのように、焦って馬車に飛び乗った。その他の奴らも以下同文。あっという間に人の姿が馬車の中に吸い込まれていき、そして引き止める間もなく、凄い勢いで、馬車は走り去って行った。
「……お〜〜い」

 またしても、俺は、取り残されてしまった。
 ブライトと、そして今度はセリナと共に。

<『2:地図』 完>


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