〜ファンタジー小説30のお題〜

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『1:旅立ちの日』

「ハッ!」
 掛け声と共に馬腹を蹴り、一気に加速させる。
 馬体を挟む両腿に少し力を込めて馬上の体を固定し、弓を構える。左手前方に目標の的が見える。
 狙いを定めて弓を引き絞り、一気に手を放した。
 スターン……。
 放たれた矢は、狙いたがわず的のど真ん中を貫いた。
 どよめきと、歓声。
 よし。
 これで、一気にライバル達に差をつけたぜ。

 俺の名はアベル。十八才の若者だ。族長チチの率いる部族に属している。
 鍛冶屋・占い師・薬剤販売を生業し、天候の変化を読み、国の動向を読み、街や村を転々と移動する、ジプシー生活を営んでいる。

 今日は、三年に一度の戦の祭典だ。部族内の若者が日ごろ鍛錬してきた能力を競うのだ。単純な力自慢ではなく、剣技・馬術・弓術・舞踊等のトータルの能力が問われる。

 限られた地域のみ移動し町外れに定住するジプシーも多い中、俺達は世界を自由に旅してまわっている。旅は過酷なこともある。だからこそ、チチの部族に残るための条件は厳しく、強い者のみが共に旅することを許される。
 俺は、チチの腕や人となりに惚れ込んで行動を共にしている一人だ。
 部族に残りたい、そして認められたい一心で、俺は今日まで必死に努力した。馬好きの俺は馬術関連の鍛錬に的を絞り、愛馬ブライトと共に猛特訓を積んできた。
 負けられない。

 馬術は俺の独壇場で終わった。
 次の競技は、トーナメント形式の格闘で、俺の初戦の相手は親友ルーカスだ。
 開始の合図で俺達は向かい合い、構えた。
 ルーカスは凄腕の戦斧の使い手である。その斧の柄には鎖が取り付けられており、飛び道具のように自在に操り遠方の敵をも攻撃する。彼が、若干14才でツキノワグマを一撃で仕留めたことは、今でも部族内の語り草だ。決して大柄ではない体のどこに、戦斧を操るパワーが秘められているのか、俺には不思議でならない。
 俺の武器は、比較的に扱いやすい剣である。実力はとてもルーカスに及ばない。しかし、無様な負け方はごめんだ。
 睨み合いが続き、先にルーカスが動いた。
 ジャラリ……。
 奴が左手で鎖の端を握り直した、と思った瞬間。ルーカスの手から放れた戦斧が、ブオオオオンという音を響かせて、目前に迫ってきた。やられる!
 とっさに剣上に上げて、頭部を庇う。
 ドッゴォオオンンン……。
 奴の斧は俺を掠めつつ、背後の椅子を破壊して地面にめり込んだ。威嚇か。
 ……ん? 椅子? 後退していたら、怪我をしたじゃないか! いつの間に?
 審判は、サッと赤い旗を揚げた。
「ルーカス選手、失格!」
「え?」(←俺)
「無駄な器物の破壊は禁じている」
 審判の目にも、ルーカスが背後の椅子を狙って攻撃したように映ったのだろう。
 格闘はルーカスが最も得意とする競技なのに……。
 ルーカスは不平を一切言わず、潔く一礼して下がった。
 ポン、と俺の肩を叩き、
「がんばれ」
 と告げると、ルーカスは得物を手に客席へと去った。

「タリアは風に愛されている」
 部族の連中は、声を揃えて言う。その軽やかな身のこなしは、重力から開放されているかに見える。タリアの踊りは、さながら蝶か妖精が宙を舞っているようだ。作業をしている人も皆彼女の舞を見るために集まってきた。
 競技も終盤。彼女も疲労を感じているはずなのに、その動きに淀みはない。
 天の羽衣のような薄い衣装を纏い、両手に小剣を握っている。戦いの祭典に相応しく、披露するのは剣の舞い。構えて静止し、直後に飛び上がって回転し着地する。太陽を反射して煌く小剣は、武器というより、彼女の手を飾る宝石だ。組み立てられた簡易ステージ上で、右に左に舞台全体を利用してヒラリと舞い、観客の目を釘付けにしている。
 踊りが佳境に差し掛かった、その時。
 舞台の中央部がパカッと開き、下から何かが迫り上ってきた。そこには両手で水晶を抱えたミーナがいた。
 皆の視線が中央に注がれる。タリアは凍り付いたように動きを止めた。
 きょとんとした顔でミーナは静まり返った周囲をぐるりと見渡す。そして、パチッとタリアと目を合わせた。
「え? あら? ごめんなさい! 間違えました」
 そのまま静々とミーナが舞台下に消えていった。
 ……一体何だったんだ? いつの間にか音楽も止まっている。
 すると、呪いから解けたかのように、ぽつりとタリアの口から言葉が漏れた。
「私もまだまだ未熟ね。この程度で踊りを止めてしまうなんて」
 そして、皆が見守る中、タリアは自ら舞台を降りた。

 俺の祈りが天に届いたのか。
 ルーカスやタリアをはじめとする、強敵達の思いもよらぬ失敗にも助けられ、大会が終了してみると、俺は見事に優勝を果たしていた。そして、夜の祝賀会の主役となった。
「アベル、お前の馬術は実に見事だったぞ」
 族長チチが祝いの酒を注いでくれた。滅茶苦茶嬉しいや。
「さあさあアベルクン。遠慮はいらんぞぉおお。くく〜っと飲みタマエ」
 発酵酒の入った大きな瓶を抱えて、タリアがやってきた。首まである髪がサラサラ揺れている。酒好きの彼女は赤い顔をしながらもご機嫌だ。
 族長チチに作成・修復を命じられた椅子が完成したらしく、ルーカスは、時々手を止めて満足げに椅子に見入り、隅の方で脚を磨いている。その隣では、ミーナがブツブツ何事か呟きながら水晶に見入っている。
「まったく。お前には敵わないよ」
 ライバル達は、褒め称えながら酒を注いでくれる。
 皆に持ち上げられ俺は有頂天だった。俺の将来は安泰だろう。そして許容量以上に酒を浴びる程飲み、泥酔し、寝込んでしまった。

 翌朝。
 酷い二日酔いで吐きそうになりながら、目を覚ました。いつもは朝早くから騒がしいキャンプ場が、静まりかえっている。どうも様子がおかしい。
 痛む頭を抱えながら外に出て、周囲を見渡した。……誰も居ない。自分のテントを残して、その他のテントは跡形も無く消えうせている。
 呆然となっている俺の目に留まったのは、テントの入り口に、そっと置かれた寄せ書きと、手作りの表彰状だ。
 表彰状を手にとると、次のように書かれていた。
『優勝者アベル。貴方は見事、我々の部族から"独立する権利"を勝ち取りました』
 ぷるぷる震えながら、次に、寄せ書きに目を通す。部族全員からのお別れと応援のメッセージが書き連ねられていた。
『馬乳酒を飲んだ時に我が部族を思い出してれ。健闘を祈る。 (族長 チチ)』
『南南西方角が吉! (占い師 ミーナ)』
『いつかまた私の踊りを見にきてね。 (踊り子 タリア)』
『お前は俺達のヒーローだ! 馬上の勇士は忘れないぜ。 (ライバル一同)』
『愛している。 (あなたに恋していた女の子)』
『俺は芸術を極める。お前はお前の道を行け。 (芸術家の卵)』などなど。
「なんてこった」
 俺は、置き去りにされたんだ。
「……最後の筆跡、絶対ルーカスだな。まさか、あいつら、わざと敗れた?」
 疑心暗鬼になる俺の耳に、
「ヒヒーン」
 という馬の嘶きが聞こえてきた。放し飼いにしている愛馬ブライトだ。一人寂しく佇む俺の傍に、近づいてきて鼻を摺り寄せてくる。
「うう。ブライト! 俺にはお前しかいない! 信じられるのはお前だけだぁあああ」
 万感の思いで抱きつこうとした。が、驚いたブライトが体を反転させ、後ろ足で蹴り上げてきた。クリティカルヒットだ。
 ああ。馬は臆病だから、驚かせてはいけないのだった。骨にヒビが入ったかもしれない。最初の目的地は、町の診療所に決定だ……。

 こうして。
 半ば強制的に、一人と一頭の旅が始まったのだった。

<『1:旅立ちの日』 完>


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