〜ファンタジー小説30のお題〜
山を下り始めてすぐ、ポツポツと小雨が降り始めた。風で木々が大きく揺れ、遠方ながらゴロゴロという雷鳴まで聞こえる。
ブライトは器用に斜面を下っていく。転げ落ちそうになったセリナは、必死に俺にしがみついている。大降りになる前に、教えられた小屋に辿りついき、セリナと荷物を降ろした。ブライトは木陰に身を潜めたようだ。
小屋の窓から外の様子を伺う。しかし動きにくい。俺の背中に、セリナがベッタリと張り付いているからだ。
「……邪魔だから、離れてくれないか?」
「だっ、だってぇ、ほらぁ、雪山で遭難したら、凍死しないよ〜に、抱き合って暖めあうのは常識でしょ〜!」
どこが雪山だ。途中で防水具を落としたセリナの服は半分湿っており、俺の服まで染みてくる。俺は、自分の上着を一枚かけてやった。
「わかったから。風邪を引かないように上着だけでも変えておけ」
雨は既に土砂降りだ。空を激しい雷光が彩るようになった。
ドドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
響き渡る轟音、小屋に隕石が落ちたかのような振動、目もくらむような閃光。
一瞬、雷が小屋を直撃したかと思う程の衝撃だった。
小屋の近くの大木に、雷が落ちたのだ。空の色まで赤く染めるほどの勢いで木々が燃えている。ブライトは大丈夫だろうか?!
セリナを引き剥がすと、あわてて外に飛び出した。
「ブライト!」
まさか、ブライトは、焼き肉に?!
「ぶらいとぉおおおおおおおおおおおお」
『アベルよ。怒鳴るでない』
炎の中、伝説のドラゴンにそっくりな白い生き物が宙に浮かんでいる。
俺は、ぽか〜〜んと空を見上げた。……はっ?!
「生きていたら出てきてくれ、どこに居るんだ、ブライトぉおおおおお」
幻覚は無視して、ブライトを探し続ける。朝からセリナの面倒を見ていたから、精神的に疲労しているのかもしれない。
『アベルよ。我が "ブライト" だ。炎の中では、仮の器である馬体は保てない』
短期間にショックな出来事が続いたから、頭がおかしくなってしまったのだろうか。
ホワイトドラゴンの姿は光を放ちながら崩れるように消えてゆき、変わりにそこに一人の青年が現れた。
「アベル。人型でないと、会話が成立しないようだな」
話し出した青年の姿は、俺の常識内に納まるものだった。
「かっこい〜♪ ブ〜ちゃんは、変身できちゃうんですねぇ!」
いつの間に小屋からでていたのだろう。セリナが話に加わってきた。
「セリナ! この状況で、お前は何で、普通に会話ができるんだよっ」
セリナに突っ込むと、何でもないことのように答えた。
「だってブ〜ちゃんはぁ、キラキラキラキラ、いっつも綺麗な光に包まれているから、一目で普通の馬じゃないな〜、ってバレバレでしたもん」
光なんて、俺には見えなかったぞ。
すると笑いを含んだ声で青年が言った。
「アベルには第六感が欠落しているようだな。感覚の鋭いジプシーたちは、我を恐れて近寄ってこなかったが」
う。そうだったのか? 俺がブライトを好きだから他の人も好きなのだとばかり。
乗っていない時のブライトは放し飼いで姿が見えなかったし、ブライトに対する部族の仲間の視線なんて気にもしていなかった……。言われてみれば、ブライトがいると他の馬が落ち着きをなくすと、俺はいつもしんがりで馬車の警護をしていたんだよな。馴染んでないからだとばかり思っていたが。
「我に捧げられた生贄(いけにえ)を、土へ埋めて奪った代償は重い。そなた自身を我が生贄とし、所有の印を刻んでおいたのだが。今までまったく気がつかなかったのか?」
……へ? 俺が生贄? 捧げられた? あの倒れていた馬は生贄だったのか?!
「ねぇ、ブ〜ちゃん。所有の印ってなぁに? 生贄ってことは、アベルさんを食べちゃうの? 駄目だよ? アベルさんは、セリナのなんだから」
こら、セリナ。さりげなく勝手に所有を主張してんじゃねー!
「安心するがよい。族長チチとの契約がある。彼は我に告げたのだ。『アベルは二十才までは自分の保護下にある。その期間にアベルの命を奪うのなら、世界の果てまでも追いかけて行き、お前を殺す』と。我は、二十才までは手を出さないことを誓った」
期間限定ですか。
族長チチも人間だ。正体に気付いていたのなら、ブライトに対する恐怖心はあったはずなのに。俺は、ジ〜ンと胸が暖かくなった。皆から貰った表彰状と寄せ書き、額に入れて大切に保管しますっ!
「それに――」
青年はゆっくりとセリナを指差した。
「セリナよ、おぬしにも、我が所有印が刻まれているのだぞ。自ら進んで身を差し出すとは、殊勝な心がけだと感心したのだが?」
俺は、あわててセリナの手をとる。何の印も無い。頭の天辺から足の先までざっと見て、はっとして彼女の前髪をかき上げた。額に、小さいが、見覚えのある三日月形の痣を見つけた。
「あれ? あたし、なんかやっちゃいましたぁ?」
「我に口付けたであろう?」
「うう……。てことは、あたしが先にブ〜ちゃんの餌になっちゃうの?」
「食べたりはしない。我は、そなたが気に入ったのだ」
気がつくと、鎮火し、雨は止み、雷の音も聞こえなくなっていた。
青年は辺りを見渡し
「天候も回復したようだし、そろそろ馬の姿に戻るとしようか。おぬし達も、足がないと困るであろう?」
そう言うと、光に包まれながら姿を消した。
後には、愛馬ブライトが何事もなかったかのように、佇(たたず)んでいた。
俺はそのまま黙ってブライトに飛び乗ると、セリナを掬い、民宿へ直行した。
荷物を小屋に置き忘れたまま。
俺の常識を覆す、このとんでもない出来事に気をとられ、うっかり本来の業務を忘れ果てていたんだ。
後日。
当日中に届けるはずだった配達物を小屋から回収して、あわててギルドへ持って行ったが、ペナルティーで報酬を減額されてしまった。
生きていくって厳しい……。
<『3:雷の中で』 完>