3章〜……天国……?〜(セイルの章)

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《3−2》

「俺の名はセイル。君の名は?」
 風呂から出た俺は、早速彼女の手をとり、交流を図る。俺の着ている服は、彼女のお古。
 炎の妖精は、俺よりも一回り大きかったのだ。ブカブカの女物の服では、かっこよさも半減。でも、これほど綺麗な人との出会いは、残り何年生きても、二度とは無いはず。貴重なチャンスは無駄には出来ない。
「……貴方の狙っていた、ゴアは」
 彼女は俺の質問を聞き流し、ゆっくりと語り出した。
「正式名称コウゼア。この名は貴方もご存知でしょう? ゴアは裏取引で使用されている通称です。コウの木を精製して、含まれるアルカロイドを取り出したものです」
 俺は、握っていた彼女の手をゆっくりと離した。コウゼア。誰でも知っている、有名な麻薬だ。幻覚や妄想などの精神疾患の症状があらわれ、薬物依存症があるため取り締まられている。末端価格は10g、100リアンで取引されていると聞いたことがある。
 リアンはリア国の通貨単位であり、100リアンは国民1ヶ月の平均月収に相当する。
「リア国内には、利益の低いジャガイモなどの食用品よりも、利益率の高いコウの木の生産をする、貧しい農家が多々あります。精製されたコウゼアの一部が諸外国に流れています。特に裏で取引されているものは、医療関係への麻酔ではなく、犯罪組織に売買されるため、国際的な問題になっているのです」
 俺は手を握り締めた。
「先日、裏で取引された現場を押さえて、コウゼアを押収しました。取引現場で使用されていた"ゴア"の名称と共に、コウゼアを保管庫に収めました。ゴアを探しに、ジルラ国の贈答品格納場所に行った、ということは、内通者によって格納位置が知られていた、ということですね」
 俺は、正確な情報を知らないまま、運び屋をしようとしていたのか?
「……俺は盗人で、運び屋だ。犯罪者なのに、牢屋に繋がないの?」
 すると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「通常であれば、間違いなく。でも、今日はお祝いの日。一人ぐらい、その恩恵にあずかっても良いのではないでしょうか? 盗難は許されることではないけれど、貴方にも理由があったのでしょう」
 そう言うと、彼女は自分の紫のネックレスを俺の首にかけた。
「これを売れば何かの足しになるかもしれません」
 彼女は、女神様のような微笑で、俺を見つめた。
 その美しく優しい微笑に、俺の心は、完全に囚われてしまったのだ。

「また、いつか貴方に会える?」
 俺は頭にベールを被って顔を隠し、貴族の女性のいでたちで入り口まで送られた。彼女から通行証を渡され、正式な招待客として、正門から堂々と帰ることになった。
 彼女と別れがたくて、去りがたく、ぐずぐずしていると、後ろから大勢の侍女たちが来るのが見えた。
「マリア様! 会場を抜け出されて、何をなさっているのですか」
「少し休憩していたの。大丈夫。私にかわって、お兄様が皆様をもてなして下さっています」
「主役が不在で、どうしますか!」
 え?
 マリア様?
 マリア様って。
 リア国の、お姫様?
 今まで俺が話をしていた女性は。。。。リア国の王女様?!
 ニッコリ微笑んで侍女たちに連れて行かれる彼女を、俺は、ただただ呆然と見送り続けた。

 いつも遠くから、点のサイズでしか見たことのなかった王女様に、間近でお目見えする幸運に預かったことに、俺は今頃になって、ようやく気付いたのだった。


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