1章〜貧乏庶民の日常〜(セイルの章)

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《1−1》

「師匠の髪は、太陽の下だとますますピカピカ光って本当に綺麗な金髪だな」
 マルクは、ニカッと嬉しそうに笑い、俺の髪をクシャクシャかき混ぜた。
「ええい、汚い手で触るな。触る前に手を洗え!」
 俺は、マルクの手を振り払うと、頭を振った。畑の雑草むしりの昼休み中。先に昼飯を食べていた俺はともかく、後から来たマルクの手は土で真っ黒だ。
 女友達が多く、ずかずかと平気で話の輪に入っていき女の子に囲まれている俺は、マルクから「師匠!」と称えられ、呼ばれている。恩恵にあずかろうと、俺の後を付いて周り、服装も俺の真似をする。なかなか可愛いやつなのだ。
 俺の名は、セイル。名前の由来は家のすぐ近くを流れているセイル河。
 茶系と思われる俺の髪は、質の悪い石鹸で痛み、まるで脱色したような金髪だ。栄養不足ぎみなのもあり枝毛だらけ。ゴワゴワしていて触り心地は悪い。
 しかし、この国の王后様に憧れを抱いているマルクは、金の髪がお気に入りで、俺を見かける度に「王后様みたいだ」と言って髪を触りたがる。マルクはチビで背伸びしても届かないため、座っているとチャンスとばかりにベタベタ触ってくる。リア国民の髪は、赤銅色が多い。王様も赤色だ。俺は、老若問わず女性は好きだけど、王后様より、若い姫様に間近でお会いできる方が嬉しいけどね。
 とはいえ、俺も金髪は気に入っている。育ての親は「きっと母親か父親がアルゼア人で、金髪に懐かしい気持ちがあるからだ」という。俺は自分の産みの親を知らずに育った子供なんだ。

 リア国は貧富の差が激しい。金持ちの子供は栄養状態が良くて、並ぶと同世代でも頭一つ分でかい。逆に町の外れの貧乏人、栄養不足の俺たちは小柄だ。その中では、俺は比較的背が高くて体格も良く、リーダー格をしている。畑仕事の役割分担はもちろん、悪事の計画も大抵は俺が立てる。
「代用品の俺の髪を見なくたって、今夜は本物の金髪を間近で拝めるかもしれないんだぜ?」
「うわー、楽しみだな!」
「ヨハネたちへの連絡、頼んだぜ?」
「任せておいてよ」
 にっと笑いかけると、マルクは満面の笑みを返してきた。

 この国は15歳が成人式。娘のいる金持ちの家は友人・親戚を呼んでパーティーを催す。そして、お姫様も今年で15歳。近隣の王子や、貴族の子弟という婿候補へのお披露目会の意味合いもあり、今夜から一週間かけて、大々的な生誕15周年祭となる予定だ。また、ジルラ国からの祝いの品々と共に、成人式を祝うために第一王子も国に戻ってきている。ジルラ国との戦いに敗れた年、留学のために、実質は人質として第一王子はジルラ国に送られた。今回、未来の妃であるジルラ国の姫を伴っての帰還しており、このままリア国に留まり、未来の王としての勉学と責務を果たすという噂だ。
 当然、警備は一段と厳しくなっている。
 しかし重要人物が集まるパーティー会場のある南付近は、だ。逆の北側は警備が比較的手薄になるはず。北側には、保管庫がある。驚くほどの高値で売れる、ゴアという希少種の薬草が、ジルラ国の祝い品で贈られてきたのだ。多量に摂取すると毒だが、少量なら痛み止めとなる。近年、新たな薬効として、悪性腫瘍の拡大を抑える効果が発見され、注目されている品種らしい。仕事を請け負った、闇ルートから仕入れた情報だ。
 これも闇ルート情報だが、贈答品を始め、新たに城に持ち込まれた物は、安全確認等のために全て検閲にかけられる。通常であれば、城に持ち込まれる前にチェックされるのだが、他国から贈られる高価な物は簡易チェックの後、一時的に北の保管庫に収納され、その後に専門部署により細かな仕分けと点検が行われる。仕分けされて宝物庫などの城の奥深くに収納されてしまえば、盗み出すなんてほぼ不可能だ。

 だから。10代の子供5人で結成した俺のグループは、今夜ゴアを盗みに城に侵入する。


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