小説(HOME) 挨拶 掲示板 日記 リンク 入り口 MENU

★☆ 一括表示 ☆★

プロローグ 〜こうして物語は始まった〜

《P−1》

「ぎああああああああああああっっっ」
 甲高い呻き声が、2階の第二王子ディライトの部屋から響いた。

「ディー?! どうしたの!」
 自室で休んでいた第一王子アレハンドは、弟王子の部屋に駆けつけた。
 周囲に甘い香りが立ち込め、入り口近くでは待機していた警備兵や侍女が倒れている。
 アレハンドは中に飛び込み、息を呑んだ。

 左手に先が赤黒く燃える焼きごて、右手にディライトの髪をわし掴みにして王后サンドラが立っていた。そして痛みに左腕を押さえて泣き叫んでいるディライトの姿があった。
「母上、何をなさっているのですかっ!」
 アレハンドの声に、王后はゆっくりと振り返った。
 王后の右手が緩み、ディライトは開放された。アレハンドは、腕を抱えてうずくまっている弟に急いで駆け寄り、彼女から守るように小さな体を抱きしめた。弟王子の腕から肉の焼けた匂いがした。
 暖炉の火に照らされて浮かび上がった王后の面は美しく整っており、金髪碧眼。天使や妖精に例えられて称えられたその容姿は、今、アレハンドの目には、悪魔か死神のように写っていた。

「ディライト様!」
「いかがなさいました?!」
 見回りをしていた兵達の、駆けてくる足音が聞こえる。
「桶に水を用意して! そして医者を呼んで。大至急!!」
 アレハンドは指示を出し、痛みと泣き疲れで、次第に力なくぐったりとしはじめた弟を近くにあった毛布で包み、
「ディー、大丈夫だよ。もう大丈夫だから」
 と語り掛け、抱きしめ続けた。

「二度とは見られぬ顔にしてやろうと思ったのに。手元が狂ったわ」
 その声にアレハンドが見上げると、兵士に押さえつけられながら王后は薄っすらと笑っていた。
「母上……」
「卑しいあの女の血を引きながら王子などおこがましい。奴隷が相応。焼印も良く似合うわ。おや?」
 今到着したばかりらしく、髪と息を乱して近づいてくる銀髪で紫紺の瞳の美しい女性を目に留め、王后の瞳は憎しみで眇められた。
「お前さえ現れなければ……。大人しく毒で死んでおれば良かったものを」
 女性は、妾妃で第二の妃であり、ディライト第二王子の母であるルナ妃。ルナ妃は、アレハンドからディライトを受け取り、侍女が届けた桶の水にディライトの左腕をつけて冷やしながら、ギッと王后を睨み付けた。

 呪いの言葉を吐き兵に連行されていく王后の姿を、アレハンドは悲しみに満ちた顔で見つめ続けた。

 その夜ディライトは発熱した。医者が火傷の手当を終えて薬を処方して去ったが、アレハンドは弟の枕元で手を握り続けていた。
「アレハンド様、後は私が。容態も落ち着いてきましたし、お休みになって下さいね」
 ルナ妃は、濡らした布でディライトの額の汗をぬぐい、アレハンドに微笑みかけた。

 翌朝、アレハンドは再度弟を見舞いに部屋を訪れた。
 しかし。
 ディライト王子もルナ妃も、姿を消しており部屋には無かった。城中、そして王室の医師の元も探したが、彼らの姿を見つけることは出来なかった。



《P−2》

 南東のベイ大陸の中央に、周囲を5つの国に囲まれた、リア国という国がありました。その国には、燃えるような赤髪赤瞳の、炎の化身と称えられる王が治めていました。
 王は、ベイ大陸で一番発展したアゼルア国から、金髪碧眼の美しい后を迎えました。王は彼女をとても気に入り、ほどなくして、金髪で紫の瞳の、愛らしい第一王子が生まれました。
 王后は出生国の大国アルゼア国を誇りに思っており、リア国を見下した気持ちがありました。ことあるごとに比較して田舎の小国と卑しめる王后の言葉を、王は不快に感じていました。そして少しずつ王の心は、王后から遠ざかっていったのです。

 そんな中。王后が第二子(王女)を身篭りました。有名な吟遊詩人かつ踊り子である銀髪美女の旅の一座が、王都に現れたという噂を聞いた王は、つわりで気分の優れない王后を少しでも喜ばせようと、一座を王宮に招待しました。
 国中を旅してまわっている銀髪の吟遊詩人は、自国の素晴らしさを歌にして踊り、観客全てを魅了しました。また世界を回っている彼女は他国の情報にも通じており、その知識は、王を虜にしました。王様に引き止められて滞在を続ける中で、彼女は寵愛を受けて王の子(第二王子)を身篭り、第二の妃として迎えられたのでした。
 怒った王后は、第二の妃を亡き者にするために、暗殺者を送りました。しかし、第二の妃は、警戒心が強く、旅の中で護身の術も身に着けており、ことごとく計画は失敗に終わっていました。
 その年の夏に王女誕生。その半年後の冬に、第二王子は生まれました。体の大小の違いはありますが、赤髪紫瞳の二人は瓜二つで双子の様。親同士の不仲に関わらず、第一王子は妹弟を分け隔てなく心から愛して大切にし、妹弟も兄にとてもよく懐いていました。

 それから4(〜5)年の月日が流れました。
 王后の出生国アルゼア国が、隣のジルラ大国と戦を始めたのです。リア王国は、アルゼア国の同盟国として参戦することになりました。
 しかしリア王国は、超貧乏国。大砲はありますが、砲弾も火薬もなく、威嚇だけで実用性無し。未熟な技術の鍛人によって用意された剣は、斬れない、柄はとれる、衝撃で簡単に折れると使い物にならず、大半の兵が竹槍で戦っています。そして、やせ細った馬は持久力が無く、脚も遅い。最弱国の名は伊達ではない。
 アルゼア国と共に挟み撃ちにするはずが、逆にジルラ国軍に国内に攻込まれ、半年も待たずに降参。ジルラ国と和議を結ぶことになりました。
 当然ながら、アルゼア国と血縁関係のある第一王子を廃し、第二王子を次期王太子とするべきである、という声がリア国内の体勢を占めるようになりました。
 そんな中、乱心した王后が、第二王子を襲う事件が勃発。直後に、第二妃と第二王子は城から姿を消しました。彼らの蒸発に対して王后の関与が疑われました。が、兵の前で第二王妃が王子を胸に抱いてセイル河に飛び込んだという証言が相次ぎ、王太子問題を憂えた第二王妃が我が子と共に身を引いた、という説が有力となりました。その後、数ヶ月に渡り下流まで捜索が行われましたが、第二妃も第二王子も見つけることはできませんでした。
 第一王子は御年10歳、王女は御年5歳、第二王子は御年4歳の秋に起きた事件でした。


 そして。
 それから更に、10年の歳月が流れました――――――――――。



1章 〜貧乏庶民の日常〜(セイルの章)

《1−1》

「師匠の髪は、太陽の下だとますますピカピカ光って本当に綺麗な金髪だな」
 マルクは、ニカッと嬉しそうに笑い、俺の髪をクシャクシャかき混ぜた。
「ええい、汚い手で触るな。触る前に手を洗え!」
 俺は、マルクの手を振り払うと、頭を振った。畑の雑草むしりの昼休み中。先に昼飯を食べていた俺はともかく、後から来たマルクの手は土で真っ黒だ。
 女友達が多く、ずかずかと平気で話の輪に入っていき女の子に囲まれている俺は、マルクから「師匠!」と称えられ、呼ばれている。恩恵にあずかろうと、俺の後を付いて周り、服装も俺の真似をする。なかなか可愛いやつなのだ。
 俺の名は、セイル。名前の由来は家のすぐ近くを流れているセイル河。
 茶系と思われる俺の髪は、質の悪い石鹸で痛み、まるで脱色したような金髪だ。栄養不足ぎみなのもあり枝毛だらけ。ゴワゴワしていて触り心地は悪い。
 しかし、この国の王后様に憧れを抱いているマルクは、金の髪がお気に入りで、俺を見かける度に「王后様みたいだ」と言って髪を触りたがる。マルクはチビで背伸びしても届かないため、座っているとチャンスとばかりにベタベタ触ってくる。リア国民の髪は、赤銅色が多い。王様も赤色だ。俺は、老若問わず女性は好きだけど、王后様より、若い姫様に間近でお会いできる方が嬉しいけどね。
 とはいえ、俺も金髪は気に入っている。育ての親は「きっと母親か父親がアルゼア人で、金髪に懐かしい気持ちがあるからだ」という。俺は自分の産みの親を知らずに育った子供なんだ。

 リア国は貧富の差が激しい。金持ちの子供は栄養状態が良くて、並ぶと同世代でも頭一つ分でかい。逆に町の外れの貧乏人、栄養不足の俺たちは小柄だ。その中では、俺は比較的背が高くて体格も良く、リーダー格をしている。畑仕事の役割分担はもちろん、悪事の計画も大抵は俺が立てる。
「代用品の俺の髪を見なくたって、今夜は本物の金髪を間近で拝めるかもしれないんだぜ?」
「うわー、楽しみだな!」
「ヨハネたちへの連絡、頼んだぜ?」
「任せておいてよ」
 にっと笑いかけると、マルクは満面の笑みを返してきた。

 この国は15歳が成人式。娘のいる金持ちの家は友人・親戚を呼んでパーティーを催す。そして、お姫様も今年で15歳。近隣の王子や、貴族の子弟という婿候補へのお披露目会の意味合いもあり、今夜から一週間かけて、大々的な生誕15周年祭となる予定だ。また、ジルラ国からの祝いの品々と共に、成人式を祝うために第一王子も国に戻ってきている。ジルラ国との戦いに敗れた年、留学のために、実質は人質として第一王子はジルラ国に送られた。今回、未来の妃であるジルラ国の姫を伴っての帰還しており、このままリア国に留まり、未来の王としての勉学と責務を果たすという噂だ。
 当然、警備は一段と厳しくなっている。
 しかし重要人物が集まるパーティー会場のある南付近は、だ。逆の北側は警備が比較的手薄になるはず。北側には、保管庫がある。驚くほどの高値で売れる、ゴアという希少種の薬草が、ジルラ国の祝い品で贈られてきたのだ。多量に摂取すると毒だが、少量なら痛み止めとなる。近年、新たな薬効として、悪性腫瘍の拡大を抑える効果が発見され、注目されている品種らしい。仕事を請け負った、闇ルートから仕入れた情報だ。
 これも闇ルート情報だが、贈答品を始め、新たに城に持ち込まれた物は、安全確認等のために全て検閲にかけられる。通常であれば、城に持ち込まれる前にチェックされるのだが、他国から贈られる高価な物は簡易チェックの後、一時的に北の保管庫に収納され、その後に専門部署により細かな仕分けと点検が行われる。仕分けされて宝物庫などの城の奥深くに収納されてしまえば、盗み出すなんてほぼ不可能だ。

 だから。10代の子供5人で結成した俺のグループは、今夜ゴアを盗みに城に侵入する。



《1−2》

 普段、俺は、住み込みで働きながら町の学校に通っている。俺だけではない。貧しい子供は皆、労役と引き換えに授業料の免除を受けて、働きながら勉強をしている。ただ、12歳を過ぎると、学校を辞めて完全に家の手伝いでを始める農家の子供が多い。そして大半が10代で結婚する。
 俺は既に14歳だが、金持ちに混じって学校に通い続けている。
 畑で採れる農作物は、非常に安価だ。しかも町では場所代も必要で、支払ったら手元に残るお金は極わずかだ。働いても、働いても、働いても貧乏。だから俺の将来の夢は、勉強して偉くなって、将来は給料を貰える仕事につくこと。とはいっても、完全に農業から離れるわけでない。大学府まで進学して、開発計画や品種改良などを行う農業系の技術者(特に果実系)になるのだ。小作人と違って、最先端の技術を模索する技術者は国からの給料制だ。

 ただ、今は学校が休みで、実家に戻ってきて農業を手伝っている。国を挙げての王女様の成人式祭で、特別休暇になった。というのもあるが、実は1週間前から休暇は続いている。数ヶ月に渡る給料未払いに抗議した先生方がデモ行進を行っているので、学校閉鎖中なのだ。年間授業時間は決まっているから、次の長期休暇開始次期は、春に貰った予定表より1〜2週間ずれ込みそうだ。
 でもまあ、先生方のデモ行進は毎年恒例なので、予定表の方が数週間早めに記載している、という方が正しいのかもしれない。

 そんな実家に帰っている俺たちが、なぜ裏の商売で臨時収入を得ようとしているかというと。母子共にやせ細り、お乳の出ないマルクの姉ちゃんに変わり、赤ちゃん用の粉ミルクを購入するためだ。粉ミルクはとても高価で、貧乏人は手が出ない。生の牛乳やヤギの乳は、比較的安価に入手できるのだが、日照り続きの今は乳の出が悪いようで、しばらく売り子を見ていない。例えわずかに牛乳があったとしても、今は、王女様のお祝いの食事に出されるチーズやヨーグルトやケーキ用の生クリームに優先的にまわされているはずで、入手は困難だ。

 3週間前、隣の村の幼児が亡くなった。非加熱の川の水を直接飲み、下痢したのが原因だったようだ。川の水が少なくなって流れが停滞気味でバクテリアやアメーバーが大量発生しているのかもしれない。
 2週間前に、町から来たボランティアが、水は加熱、又は1日太陽に当てて紫外線で殺菌してから飲むように指導していた。指導内容よりも、そこで支給される金品と交換できる何かを期待して講習へ赴いたが、残念ながら何もでなかった。やはり他力本願は良くないのか。
 そんな時に、「おいしい金儲けの話がある」と、裏の情報を持って、ダンと名乗る隣村の男が俺に接触してきた。
 盗みが悪いことだ、なんて考えなかった。金持ちや王様の所は物が有り余っているんだ。無駄にしているその一部を、食べ物に困っている貧乏人の俺達が恵んでもらって、何が悪い?
 俺はどこか、遊びの延長線上で考えていたのかもしれない。冒険に対する期待、あるいは、村人に献身的行動をとる自分への陶酔。盗難、裏取引に関わることが、どれだけ危険なことかなんて、欠片も理解してなんかいなかった。
 だから仲間を巻き込むくせに、接触してきた男の身元確認もきちんとしていなかった。最近現れたばかりの、隣村の人も見知らぬ人物だったことにすらも気付いていなかった。



2章 〜城壁内侵入!〜

《2−1》

 その日の夜。
 俺達は、隣村の納屋の前に集まった。

 メンバーは、俺セイル。
 そしてヨハネ14歳、チョーク16歳、マルク12歳、マルセイユ13歳、の5名。
 皆、目立たないよう汚れた暗褐色の農作業着で揃えている。マルク以外は皆同級生だ。貧乏人の子は体も小さいし、親に生活の余裕が出来てから通わせることも多い。休学も多いし、労働で疲れて宿題や予習復習も疎かになり、落第する子も多い。だから同じ学年でも年齢にバラつきがあり、学年が上がるごとに同一学年内の年齢差は拡大する傾向にある。

「ほ、本当に、うまくいくの、かな」
 マルセイユは落ち着きなく周りを見回して、オドオドした口調で言った。マルセイユはぽっちゃりした外見をしている。肥満ではない。むくんでいるのだ。ジャガイモしか食べていないため、栄養が偏っており、若いのに肌の張りは悪く、指で押すと凹んだまま跳ね返ってこない。クワシオルコルという病気らしい。
「案ずるより産むがやすし」
 これは、ヨハネ。体は痩せているのに、お腹だけがポッコリ飛び出している。臓器の肥大によるものか、虫を腹に飼っているからかは不明。俺達の中では、一番しっかりしていて気が利くし、頼りになる。グループのサブリーダーだ。
「これが成功すれば大金が手に入るんだ。やる価値はあるさ」
 と、チョーク。ボリボリ頭を掻き続けているが、頭皮の油でベッタリとした頭からは、余りフケは飛んでこない。彼はシラミを飼っており、いつも頭を掻いている。水浴び嫌いで、体からプスプスと臭いがする。貧しいとはいえ、10歳以下の子供はともかく、物心ついた年で風呂嫌いは、川に近いここでは希少な存在だ。
 シラミは卵を産み付けられなければ繁殖しないので、毎日川で水浴びを欠かさない俺は、彼と一緒に居ることは苦にならない。しかし、女性には大問題なようで、彼がいる時は半径5m以内から女性の姿が消えうせる。女友達が多い俺には、驚きの存在だ。
「皆、ありがとう」
 ちょっと目をウルませて、愛弟子マルクは言った。



《2−2》

 この集合場所の納屋は、秘密の地下通路の入り口だ。城北の保管庫裏へ直通している。俺の手元には地下通路の地図がある。
 まず俺が、壊れた窓から納屋に侵入した。中には暖炉がある。格子を外して暖炉の中を覗き込むと、地下に続く穴があり、縄梯子がかけられていた。縄は新しい。最近誰かが出入りした形跡だ。仕事の依頼人が下見に行ったのかもしれない。
 俺自身も、昨日確認のため、通路を抜けて城の保管庫まで行ってきた。

 全員納屋に入ると、俺は最終確認を始めた。
「まずは、今回の計画の役割分担確認だ。マルセイユ」
「は、、、はいぃぃっ」
「お前は、納屋で入り口警備の見張り・兼薬草の保管役だ。薬草を手に入れたら家に直帰して明日まで保管してくれ。そしてチョーク」
「へいへい」
「地下道内で待機。上から投げた薬草袋を受け取り、マルセイユに渡してくれ。その後は、自由だ。そしてヨハネ」
「俺は保管庫前だよね?」
「そう。保管庫での見張り役だ。保管庫の裏の壁に子供が入れる広さの通気用の隙間があるんだ。そこから俺は侵入する。警備兵に見つからないように待機して、薬草を受け取ってくれ。そして、地下道のチョークに投げ渡した後、南にある地下道から逃げてくれ。南の地下道への地図は持っているよな?」
 ヨハネはニヤリと笑い、ポケットから取り出した地図をヒラヒラとふってみせた。
 その時俺は、クイクイと髪を引っ張られた。マルクだ。
「ねぇねぇ。僕の確認も」
「マルク。お前は通路の見張りだ。保管庫近くを通っている、パーティー会場と来賓客宿泊所を繋ぐ通路。万一来賓や警備兵が倉庫へ近づいて来たら、フクロウの鳴きまねをして報せてくれ。全てが終わったら、フクロウの鳴き声で俺が合図を送る。その後ヨハネと同じく南の地下道から逃げてくれ。お前も、南の地下道の地図を持ってきたよな」
「うん。王后様が、通路を通るといいな♪」
 マルクはうきうきした顔をしている。
 そして俺は、全員に笛と蝋燭、マッチを皆に手渡した。これはダンから受け取ったアイテムだ。
「緊急時には笛を吹いて報せろ。万一姿が見つかっても、物さえ持ってなければ『姫様をひと目見たかった』の言い逃れで、刑は軽くなると思う。リレー形式で迅速に薬草の受け渡しを完了して欲しい。何か確認したいことは?」
 するとマルセイユが、おどおどした口調で聞いてきた。
「や、薬草の保管って、どうすればいいの? 光に当てたら駄目? 要冷蔵とか?」
「見つからない場所なら、どこでもいいよ。注意は受けてないし。明日の夜、もう一度この時間、この場所に、全員集合。その時、俺が薬草を引き取るよ。明後日、金が手に入るはずだから」
 次にヨハネが確認してきた。
「時間制限は? 目的の薬草がすぐに見つかるとは限らないだろ」
「夜明け前まで。待機場所を放棄して逃げる時は、余裕があれば笛を鳴らしてくれ。笛が鳴ったら、全員、保身第一で逃げること。緊急時以外は絶対に笛を吹くなよ?」
 するとヨハネは、俺の目を見ながら言った。
「余り遅くなるようなら、俺も保管庫に侵入する。リーダーの補助に入るよ。夜中は人の出入りも減るだろうし、保管庫前の番はマルクと交代する」
「わかった」

 そして俺とマルク、ヨハネは、黒のニット帽を被り、手袋をはめた。既に、顔には靴墨で塗りたくってある。準備OK。人相もわからない、全身目立たない黒衣装だが、捕まった時に本当に言い逃れできるか怪しい限り、ではある。
 チョークが松明に火をつけ、俺達は地下通路への侵入を開始した。



《2−3》

 ここは、城壁内、城の北、倉庫前。
 窓から漏れた光で闇夜に浮かび上がった城は、幻想的で、自分たちが忍び込んでいる最中であることを忘れて見入ってしまいそうだ。
 計画は、とても順調だ。
 時々警備兵も見かけるが、小柄な俺達は、広い敷地内では身を隠す木や石に困らない。マルクは所定の位置で待機している。町の方では、時々花火が上がり、夜まで続く喧騒で、素人の俺達がたてる足音も隠してくれる。
 俺の家よりも数倍巨大で立派な保管庫を見上げて、深呼吸する。通気用の隙間を塞ぐ板をずらす。
「行く」
 小さな声でヨハネに告げ、這いずって中に侵入した。

 倉庫の床下は、地面から床まで予想以上に高さがあり、俺程度の体の大きさなら思っていたより動ける。ざっと全体を見回した。月明かりと思える僅かな光が漏れている場所を確認。柱を避けながら近づく。物に塞がれてないのだろう。隙間にナイフを通して泥等を取り除く。下から板を押してみる。……動かない。釘で打ちつけてあるのかもしれない。ちょっと力を込める。グッと板が持ち上がる。簡単に外せたぞ? はめ板だったのかな? そこから顔を覗かせる。隙間なく物が置かれ、所狭しと箱や瓶が並んでいる。天井まで続く棚が見える。何も物音はしない。大丈夫だ。人影は見えない。
「よっ」
 床下からよじ登って、倉内部に侵入。持参した蝋燭に火を灯した。一つ一つに札が付けられており、名称、種類、管理番号、到着年月日、国名、中身の目視確認の有無、検査員名などなど、様々な情報が記載されている。簡易チェックでも、基本的な確認はしているんだな。今回の贈答品は凄い量だったはずなのに。爆発物も入っていることもあるのかな。安全・物品管理の、検閲の仕事は大変だ。
 でも物探しをする俺には有難い。
「ジルラ国、……あった」
 大きな立て札が見える。その奥に、ルベル国の立て札。ジルラ国より1日早く到着した国だ。中央街道を通る、騎馬や馬車、隊列を組んで歩く兵の姿を、両脇を埋め尽くす人々に混じって、俺も友と共に見た。贈り物は大分片付けられているようで、残りわずかだ。一日遅かったら、ジルラ国の品も片付けられていたかもしれない。
「ゴア、ゴア、、、」
 名札を確認しながら、ゆっくりと歩き出す。通路の端まできて、複数の透明の袋に入った白色の粉が目に入った。
「見つけた」
 しかし、薬草と聞いていたのに、粉末? ま、いいか。

 名札を確認し、ゴアを取ろうと手を伸ばした、……その時。
 右の頬に冷たく硬い物が触れた。
「動くな」
 頬に痛みが走った。

 後ろに誰かが居る!



《2−4》

 俺は固まった。眼球だけ動かすと、切っ先が目に入った。刃物、だ。……剣、だよな。背筋に冷や汗が流れる。
 足音も、衣擦れの音も、人の気配はまったくしなかったのに。
 声がしたのは、背後のやや上方。低くて冷やかな、でも、随分と落ち着いた柔らかい若い男の声。ま、まさか……。最初から、俺が来ることを知っていて、待機していた?
「ゴアの名をどこで知った? 盗み出すよう、お前に指示した人間は誰だ?」
 俺は緊張で固唾を呑んだ。落ち着け、落ち着くんだ。
「詳しくは、知らない。入手困難な、希少品だから、と、頼まれて」
「質問に答えろ」
 頬に刃が食い込む。
 ……顔に傷が残ったら、女の子たちは怖がって逃げていくかな。ワイルドな魅力が加わって、逆にモテるのだろうか。不味い、現実逃避で思考がずれている。打開策を、考えないと。
 俺は、手にしていた蝋燭を後ろの男に向けて投げつけた。蜜色に輝く男の髪が目に入った。驚いた男が怯んだ。その隙に、ゴアの袋を掴んで走り出す。
 蝋燭の火はすぐに消えて、保管庫内は暗闇に戻る。でも、俺の目は、窓と15cm大の小さな瓶を捉えていた。瓶を掴むと、中身を下に空けて中にゴアの袋を突っ込み、窓ガラスめがけて思い切り投げた。
 ガシャーン!
 窓が砕け散る音を聞きながら、ポケットから取り出した笛を、力いっぱいに吹いた。
 ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 夜を切り裂くように、笛の音が響く。当初の作戦は失敗だ。瓶は上手く外に届いただろうか? 瓶の中のゴアに、ヨハネは気付いてくれただろうか。草でなくて粉だったから、判らないか。音で警備兵があつまって来るから、逃げるので精一杯かな。
 シュッと空気を裂くような気配がして、背中に痛みが走る。斬りつけられた。
 口から笛が転げ落ち、体勢を崩した俺は、棚にぶつかった。
 左腕に痛みが走る。棚から尖った物が飛び出していたようだ。
 そのまま後ろから圧し掛かってきた男に、押さえつけられ、倒される。
 引っかかっていた俺の左腕の袖が、裂けた音がした。
「時間がない。確認は後で、だな」
 男の呟きが聞こえ、口元に何かを押さえつけられた。吸った途端、意識が遠のく。クロロフォルムかな。クロロフォルムは、レモンライムのような香りだと思っていたのに滅茶苦茶気持ち悪い吐きそうな嫌な臭い……。
 ああ、作業着、背中も腕も繕わないと…………。
 蜜色の髪って、この人はアルゼア国から来たのかな………………。
 捕虜になったら、拷問受けるのかな……………………。

 そうして、俺の視界は暗転し、何もわからなくなった。



3章 〜天国?〜

《3−1》

『生きていて、くれたんだね』
 頬を撫でる、大きな暖かい手。
『よかった』
 慈しむ様な、優しい、ホッとする声。
 額に、何か柔らかいものが触れた。
 この声は――。

 パチッと目を開けると、鮮やかな赤い髪が目に飛び込んできた。
 目の前には、すごく綺麗で可愛い女の子の顔。
「目が覚めました?」
 女の子は、にっこり、微笑んだ。
 鈴の音のような、綺麗な声。
 ほんのり赤い唇。
 髪には沢山の花飾り。そしてレースを組み合わせたような、淡いピンクのドレス。
 瞳の色と合わせて紫色の宝石が首を飾り、ネックレスの中央で輝いている。
 柑橘系の爽やかな香りがする。

 柔らかくて肌触りのよい新しくて清潔感溢れるシーツ。
 俺の藁のベッドとは違う、体形に合わせて沈み込むベッドの感覚。
 天井には、ガラスや飾りが沢山ついて四方に光を放っている巨大な電灯。
 シャンデリア、だろうか?
 綺麗な模様の入った白い壁には、大きな風景画が飾られている。

 見たこともない綺麗な女の子に、綺麗な部屋。ここは天国?
 もしかして、俺は殺されたんだろうか?
「あなたは、俺の天使?」
 女の子の手に自分の手を添えて、そっとキスをしようと口を近づけたら、女の子に左の頬を抓りあげられた。
「いてててて」
「さっさと目を覚ましなさい!」

 顔の違和感で、ようやく右の頬を覆うガーゼに気付いた。
 掛け布の下の俺は、スッポンポンの裸で、左腕と背中から胸にかけて包帯がまかれていた。
「くすっ。俺の体が見たかった?♪」
「いい加減にしろよ、このエロガキ」
 うっとりと彼女を見上げると、ボカリ、と頭を殴られた。
 怒りで、ほんのり頬を赤くした顔も可愛い。天使というより、炎の妖精、かな。
 ふぅ、と息をつくと、炎の妖精は口調を改めて話出した。
「正気に戻りましたか? 体は拭きましたが、まだ汚れています。風呂の用意はできていますので、体を洗い流してきてください」
 そうして、意外に力持ちな炎の妖精に、俺は風呂に押し込まれたのだった。
「貴方の服は、汚いので捨てました」
 とんでもない一言と共に。



《3−2》

「俺の名はセイル。君の名は?」
 風呂から出た俺は、早速彼女の手をとり、交流を図る。俺の着ている服は、彼女のお古。
 炎の妖精は、俺よりも一回り大きかったのだ。ブカブカの女物の服では、かっこよさも半減。でも、これほど綺麗な人との出会いは、残り何年生きても、二度とは無いはず。貴重なチャンスは無駄には出来ない。
「……貴方の狙っていた、ゴアは」
 彼女は俺の質問を聞き流し、ゆっくりと語り出した。
「正式名称コウゼア。この名は貴方もご存知でしょう? ゴアは裏取引で使用されている通称です。コウの木を精製して、含まれるアルカロイドを取り出したものです」
 俺は、握っていた彼女の手をゆっくりと離した。コウゼア。誰でも知っている、有名な麻薬だ。幻覚や妄想などの精神疾患の症状があらわれ、薬物依存症があるため取り締まられている。末端価格は10g、100リアンで取引されていると聞いたことがある。
 リアンはリア国の通貨単位であり、100リアンは国民1ヶ月の平均月収に相当する。
「リア国内には、利益の低いジャガイモなどの食用品よりも、利益率の高いコウの木の生産をする、貧しい農家が多々あります。精製されたコウゼアの一部が諸外国に流れています。特に裏で取引されているものは、医療関係への麻酔ではなく、犯罪組織に売買されるため、国際的な問題になっているのです」
 俺は手を握り締めた。
「先日、裏で取引された現場を押さえて、コウゼアを押収しました。取引現場で使用されていた"ゴア"の名称と共に、コウゼアを保管庫に収めました。ゴアを探しに、ジルラ国の贈答品格納場所に行った、ということは、内通者によって格納位置が知られていた、ということですね」
 俺は、正確な情報を知らないまま、運び屋をしようとしていたのか?
「……俺は盗人で、運び屋だ。犯罪者なのに、牢屋に繋がないの?」
 すると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「通常であれば、間違いなく。でも、今日はお祝いの日。一人ぐらい、その恩恵にあずかっても良いのではないでしょうか? 盗難は許されることではないけれど、貴方にも理由があったのでしょう」
 そう言うと、彼女は自分の紫のネックレスを俺の首にかけた。
「これを売れば何かの足しになるかもしれません」
 彼女は、女神様のような微笑で、俺を見つめた。
 その美しく優しい微笑に、俺の心は、完全に囚われてしまったのだ。

「また、いつか貴方に会える?」
 俺は頭にベールを被って顔を隠し、貴族の女性のいでたちで入り口まで送られた。彼女から通行証を渡され、正式な招待客として、正門から堂々と帰ることになった。
 彼女と別れがたくて、去りがたく、ぐずぐずしていると、後ろから大勢の侍女たちが来るのが見えた。
「マリア様! 会場を抜け出されて、何をなさっているのですか」
「少し休憩していたの。大丈夫。私にかわって、お兄様が皆様をもてなして下さっています」
「主役が不在で、どうしますか!」
 え?
 マリア様?
 マリア様って。
 リア国の、お姫様?
 今まで俺が話をしていた女性は。。。。リア国の王女様?!
 ニッコリ微笑んで侍女たちに連れて行かれる彼女を、俺は、ただただ呆然と見送り続けた。

 いつも遠くから、点のサイズでしか見たことのなかった王女様に、間近でお目見えする幸運に預かったことに、俺は今頃になって、ようやく気付いたのだった。



4章 〜無知の代償〜

《4−1》

 あの、蜜色の髪の男は、何者だったんだろう。
 剣で斬りつけられるなんて生まれて初めての経験で、大変な怪我をしたつもりだったけど、目覚めた時に血は止まっていたし、薄皮一枚切れた程度の怪我だった。最初から殺す気はなかったのだろう。まだ痛みは残るが、邪魔なので包帯は外した。
 そして何より。
 姫様の元に、俺を連れて行ったのが彼なら、身分の高い人物。
 そして、姫様と相当親しい人物である、ということだ。恋のライバルだ。
 顔は見えなかったが、細身の長身で、凄くもてそうだ。
 しかし、どういう考えがあって、彼女の元に俺を連れて行ったのだろう。

 ああ、マリア姫。
 高貴な方なのに、あんなにも気さくで、身近な感じの方だったなんて。
 うっとり。

 街中を歩きながら、俺は考え続けた。
 今、俺は、貴金属商に向かっている。
 貰ったネックレスは、お姫様と俺をつなぐ、大切な品物だ。売りたくはない。
 でも、マルクのお姉さんに粉ミルクを買ってあげたいし、今回手伝ってくれた仲間たちに、少しでもお金を渡したい。
 迷った末、紫の宝石は保管しておき、鎖だけ売ることにした。
 一張羅を身につけてきたが、祝いムードの下級生に水風船を投げつけられ、全身びしょ濡れ。店に入れない。……どうしよう。そもそも、14歳のガキの持ち物を、宝石商が引き取ってくれるのだろうか。
 店の前でウロウロしていると、良い身なりをした紳士が現れた。綺麗な赤い瞳をした人だ。彼はフッと、俺の握り締めている鎖に目を留めた。
「プラチナチェーンだね。いい品だ。君は、これを売ろうと思っていたのかい?」
 ニコニコと穏やかに笑う紳士に、俺は黙って頷いた。
「宝石に見合う鎖を探していたのだが、良い品が見つからなくて困っていたところだ。私に、これを売ってくれる気はないかな。そうだね、200リアンでどうかい?」
「200リアン?!」
 俺は、飛び上がった。国の平均月収の2倍、俺の月収の10倍だ。いい物でも、中古だから10リアン位だと思っていた。
「少ないかな?」
 老紳士の言葉に、
「全然、ちっとも、少なくないです!」
 俺は、100リアン札を2枚受け取り、紳士にチェーンを渡した。
「本物の札か、確認をしなくても大丈夫かい」
 ポケットにお札を突っ込もうとすると、紳士は面白そうにそう言った。そう言われても、普段こんな高価なお札を持ちなれていないし、本物も偽者も見分けられない。
「大丈夫です。貴方は人を騙す人には見えないから」
 俺は、そう返事をした。すると紳士は、俺の髪をクシャクシャと撫でた後、立ち去って行った。

 凄い、凄い、凄い、凄い。今俺は、14年間の人生で一番の金持ちだ。
 俺は、5リアンの粉ミルクを2つ買い、その他、栄養のつきそうな食べ物を町で買い揃えた。
 その後、一度家に帰って、ヨハネ、マルク、チョーク、マルセイユの名前を書いた手製の封筒に各々40リアンずつ入れてポケットに入れ、買った品を持って家を出て、マルクの家に向かった。



《4−2》

「おーい。マルク、いるかー?」
 荷物を足元に置き、ドンドンとマルク家の木の扉を叩く。すると、バタバタと足音が聞こえて、中から目を真っ赤にしたマルクが飛び出してきた。
「師匠! 死んじゃったんだと思ったよぉおお」
 そう言うと、俺の服に縋ってワンワン泣き出した。
「俺が、死ぬわけがないだろ? お前こそ、無事に逃げられて、良かったよ。怪我は無かったか?」
 うんうん頷くマルクの頭を、よしよしと撫でてやりながら、尋ねる。
「とりあえず、中に入れてくれないか?」
 そして俺達は、買った品を持ってマルクの家に入った。

「師匠、ヨハネ兄貴達を呼んでくるから、待っていてくれよ」
 中に入ったと思ったら、止める間もなく、マルクは家を飛び出して行った。
 夜に会う予定だし、そんなに慌てなくても大丈夫なのに。

「これ、リーダーが窓から投げた物だろ?」
 ヨハネは、例の、ヒビが入って欠けた瓶ごと、ゴアを持参した。あの状況で、この物体を見て俺の気持ちを察するなんて。さすがサブリーダー。俺の行動を読んでいる。
「あーあ、傷こさえて。俺、リーダーの顔、気に入っていたのになぁ」
 ちょっとおどけた口調でヨハネは言うと、傷の痛む右頬に触れてきたので、その手を叩き落とす。
 集まっているのは、ヨハネ、チョーク、そしてマルク、だけ。
 ……マルセイユが居ない。
「マルセイユはどうした?」
 するとマルクは顔をクシャクシャにした。
「マルセイユ兄貴は、死んじゃった、よ」
「え?」
 問いただすように、ヨハネを見ると、硬い表情で補足説明を加えた。
「納屋で、頭から血を流して倒れていたんだ。多分、拳銃」
 すると、それまで黙っていたチョークが口を開いた。
「銃声が聞こえたんだ。最初は爆竹かと思った。笛の音を聞いて、納屋まで戻ったら、マルセイユが倒れていた。俺が行った時は、もう息がなかった」
 そして、締め上げるように、俺の襟首を掴んだ。
「昨夜納屋まで、誰かに付けられていたんだよ。俺は地下道にずっといたんだ。城からは誰も来なかった。なぁ、セイル。この仕事は、危ない仕事なんじゃないのか?! 俺達、大丈夫なのかよ?!」
 ヨハネが俺達の間に割って入って、2人を引き剥がした。
「チョーク、お前も俺も、計画を知った上で、リーダーに反対しなかった。今更リーダーを責めるのは筋違いだ。それより、今後どうするべきか、話し合ったほうがいい」
 俺は頭の中が真っ白なまま、口を開いた。
「頼む、マルセイユのもとへ連れて行ってくれ。マルセイユに会いたい」



《4−3》

 マルセイユは、俺と同じで産みの親がわからない。育ての親に育てられたのだ。
 マルセイユの家に行くと、赤い目をしたおばさんが出てきて、俺達を中に入れてくれた。マルセイユはベッドに横たえられていた。その顔には、涙の跡が見えた。頭の傷以外は、手も足も体も、全て綺麗で、そのままで、まるで眠っているみたいだった。もう息をしてないなんて信じられない。
 俺は、マルセイユの手を取ろうとした。が、死後硬直が始まっているからか、動かせなかった。再度頭の中が真っ白になる。
「ごめん、マルセイユ。 ……巻き込んで、ごめん」
 おばさんも、マルクも泣いている。ヨハネも、チョークも目が赤い。
 俺は、冷血漢なんだろうか。全然、涙が出てこない。
 ガサリ、とポケットから音がした。そうだ、お金を持ってきたんだ。
 俺は、マルセイユの封筒を取り出すと、彼の枕元に置いた。
「うちの子を返して」
 おばさんがポツリと言った。
 俺は、なにも言えず、うつむき、結局、その場を後にした。

 マルセイユの家から出ると、後からヨハネ、マルク、チョークが続いた。
「……これ、今回の労働費だから」
 俺が、封筒を渡すと、ヨハネが俺に返してきた。
「これは、マルセイユの家族に渡してくれ。葬式代に使ってもらおう」
 マルクも同意して頷き、チョークも少し考えた後、お金を返してきた。
「……わかった。でも、俺は、マルセイユの家に入れない。申し訳ないが代わりに届けてきて欲しい」
 そういってヨハネに渡すと、彼は黙って受け取り、マルセイユの家に入っていった。

「俺は、隣村に行ってダンに会ってくるよ。そして今回請け負った仕事について、もう一度詳しく聞いてくる。マルセイユに何があったかのヒントも得られるかもしれないし」
 ヨハネが戻ってくると、俺は皆にそう告げた。
「師匠、一人で行くのは危険だよ」
 マルクは慌てて俺を引き止めた。
「マルクと同意見だ。4人で連れ立って行動した方がいい」
 ヨハネが言えば、チョークも
「一部とはえ、こちらにはゴアがある。相手から情報を引き出すのに役に立つんじゃないか」
 と言ってきた。
 するとヨハネは何かを考える仕草をし、俺に言った。
「リーダー。ゴアが保管庫に、どれ位の量あったか覚えているか?」
「ああ、だいたい、なら」
 そういえば、ダンから、運び出す量の指示はなかった。当然全部持ち出すと思っていたのか。それとも"在ること"を確認できれば良かったのか。
「……リーダー。隣村に行くのは、明日の朝にしないか? 元々明日行く予定だったんだろ? 明るい時間帯の移動の方が、安全だし」
 通常よりも、幾分ゆっくりとヨハネは話した。俺はニッと笑って、頷いた。
「わかった」
 こういう話し方をする時は、ヨハネは何か考えがあるんだ。
 俺達は、明日の朝、日の出の時間に村中央の公園前に集合することを約束し、解散した。



《4−4》

 その日の夜、ヨハネが俺の家にやってきた。透明の袋と、小麦粉を手にして。
「明日、何も本物を持っていく必要はないだろ?」
 ヨハネと俺は、2人で小麦粉の袋詰めをし、俺が保管庫で見た量とほぼ同量の、"白い粉入りの透明袋"を作成し、荷物に詰めたのだった。

 翌日の朝。
 俺とヨハネが担いできた白い粉の山に、チョークは目を丸くしていた。
「どうしたの、それ?」
「ゴアさ」
 ヨハネは、ニヤリと笑って答えた。
「マルクはまだか? 遅刻なんて珍しい」
 周りをきょろきょろと見回すチョークに、俺はマルクが来ないことを伝えた。
「ああ。チビのマルクは、姉の赤ちゃんの、世話と手伝いもある。昼間は長時間拘束できないから、別の仕事を頼んだんだ」
 そして俺達は、隣村のダンと約束した、取引場所に向かった。

「2週間前、隣村で水講習があることリーダーに伝えたのは、チョークだよな。いったい誰の経由で来た情報?」
 ヨハネが歩きながら、チョークに質問した。
「隣村出身のクラスメイト、パブロだよ」
 チョークの答えに、反応したのは俺。
「なに〜? パブロの奴め。あいつ、人に言っておきながら、自分は来なかったんだぞ」
「自分の家族に幼児が居ないから、関係ないと思ったんじゃねぇの?」
 ヨハネの答えに、俺はビックリして聞いた。
「お前、パブロと親しくはないよな? それなのに、家族構成を知っているのか?」
「クラスメイトなら、全員分。家族構成、出身地は押さえているよ。他の地域から来たやつは、元の出身校も。地図見るのも趣味だし、話をあわせられる。俺が、同じ出身地だと間違われることもあるよ」
「おぉおおお! すげえ。メモを用意するから、今度女子全員の情報教えてくれよ」
 俺が目を輝かせていると、嫌そうな顔をしたチョークが口を挟んだ。
「ストーカーだな」
「ストーカーじゃない。勉強家なんだ」
 そういって、俺は胸を反らした。



5章 〜依頼者との駆引き〜

《5−1》

 取引場所は、例の、隣村の納屋。
 2日前の夜、俺達が集まった場所であり、マルセイユが亡くなった場所。
「すまない。待たせたね」
 そして、ダンが現れた。彼は、20代にも40代にも見える、年齢不詳の男だ。
「ゴアを用意した」
 ヨハネと俺は、胸の前で結び目を解き、粉末いりの袋を包んでいた布を広げた。
「計画は上手くいったようだね。助かったよ」
 ダンが粉末に近づいて来ようとしたが、俺は遮った。
「その前に、教えて欲しい。この計画は、俺達以外にも依頼したか?」
「いや? 君たちだけだが?」
「もう一つ。本当に、俺達はお金を貰えるのか?」
「物さえ渡してもらえれば、その後、すぐに支払うよ」
「先に、お金を受け取ることは出来ないのか?」
「……子供は、素直に、大人の言うことに従うべきだと思うがね」
 ピリピリと張り詰めたような、不穏な空気が流れた。その時、
「危ない!」
 俺は、ヨハネに突き飛ばされた。
 その直後、拳銃を発射した音が響いた。
 腕を押さえて蹲るヨハネ。そして。
「チョーク?」
 俺達に、拳銃を向けて立っているチョークがいた。



《5−2》

「チョーク、やはりお前はスパイだったのか」
 ヨハネの言葉に、俺は驚いた。
「ヨハネ、お前チョークが怪しいと気付いていたのか?」
「はっきりと確信したのは、昨日。薬草と聞いていたのに、粉を見てゴアと言い切り、一部だけ、とも言ったんだ。以前見たことがある証拠さ」
 チョークは顔を歪めて笑った。
「さすがヨハネだな。人の話をよく聞いている」
「マルセイユを撃ったのは、チョーク、お前じゃないのか?」
 ヨハネの言葉にダンは物言いたげな顔をし、チョークは更に顔を歪めた。
「あいつは、隠密行動中の、しかも、内密の出入り口である納屋の前で、焚き火をしていた。そんな目立つ行動をする馬鹿がどこにいる?! 足を引っ張る邪魔者は、早めに消えた方がいい」
 俺は悲しくなって言った。
「マルセイユは、馬鹿なんかじゃない。軽率な行動に映ったかもしれない。でも、あいつは単に、少し怖がりで寂しがりなだけだ」
 俺は、チョークを見た。
「なあ、チョーク。俺達はずっと仲間だったじゃないか。どうして裏切る? どうして友達を悪く言えるんだよ?」
「……ともかく、ゴアは手に入った。情報を知った奴は、消すだけだ」
「それはどうかな?」
 チョークの言葉に、ヨハネがニヤリと笑った。
「俺達が、素直に本物のゴアを持ってきたと思うか?」
「……どういうことだ」
「俺達を殺せば、ゴアの隠し場所は、永遠にわからないままってことさ」
 チョークはヨハネを睨みつけた。
「それなら、城にある残りを取りに行くまでだ。使える駒は、お前たちだけじゃない」
「笛の音はお前も聞いただろう? あれだけの騒ぎの後だ。保管場所は移動し、管理は厳重になっているはずだ。城から残りを手に入れるのは困難さ。失敗続きでは、あんた達の立場も危ういだろ? 俺達の所持分だけでも手に入れた方がいいんじゃないか?」
 その時、反対側から拳銃の音がした。俺の右の腿に焼け付くような痛みが走る。
「うあっ」
「リーダー!」
 顔色を変えたヨハネに、ダンは表情も変えずに告げる。
「隠し場所を知っているお前さえ生かしておけば、他の人間は殺しても問題も無い、ということだな」



《5−3》

「違う! 2人、揃って生きて戻れるのでなければ、隠し場所は教えられない!」
 そう言うとヨハネは、拳銃が目に入っていないかのように、俺の傍に来て止血の応急処置をはじめた。俺の足の付け根を押さえて動脈の流れをとめ、粉を包んできた布を手早く包帯上にして止める。出血量が多いのか、ショックからか、俺の頭は霞んでいる。俺のことはいい、自分の腕の傷を気にしろよ、そう言いたいのに声にならない。
 しかしすぐ、ヨハネを押しのけて近づいたダンに、髪をわし掴みにして引っ張られて顔を持ち上げられた。頭部の痛みで、俺の少し意識ははっきりした。
 ダンは、俺の顔を覗きこんだ。
「毛色の変わったお兄さん。身なりの悪さで、気にも留めてなかったが。かなりの上玉だな。あんたがいればゴアの損失分の元は取れそうだ。まぁ、最悪でも、北の大陸に連れて行けば、臓器売買できるしねぇ」
 俺は顔めがけて、唾を吐いてやった。やられっぱなしでたまるか。
 ダンは顔を背けなかった。黙ったまま、左手で自分の顔をぬぐった後、その左の手をペロリと舐めたのだ。おいおいおいおい。
 こいつの反応、変だぞ。俺は背筋がぞわぞわした。
 ダンは顔を更に俺に近づけてきた。
 自分のかけた唾が、顔につきそうで嫌だ。しかも唇同士の距離が近すぎる! げげげ。まだ近づいてくる?!
 ひぃいいいいいい!
 い〜や〜だ〜ぁああ
 助けてくれぇええええ!!!
「変体野党!」
 そう叫んで、身を挺し、ダンに体をぶつけてくれたヨハネに救い出され、危機一髪難を逃れた。
 何が悲しくて、オジサンと接吻せにゃならんのだ。

「ダンさん、セイルの手当てをした方がいいです。もう一人、チビが情報を知っています。今、死なれてはまずいです。闇医者、もしくは、仲間内に医療の心得のある人はいませんか?」
 引きつった表情で、チョークが言った。こいつもダンの行動に、かなり引いたようだ。
 ダンは少し考える様子を見せ、頷いた。
「そうだな。仲間に診させよう。傷が残り、商品価値が下がっても困る」
 そして俺達は、納屋の裏から、彼らのアジトに連行された。



《5−4》

 ダンの連れて行ったアジトには、20人前後の人間が出入りしていた。
「動脈にはあたっていないが、静脈は傷ついている。人間は血液の1/5を失うと命に関わるんだ。ダン、子供になにしてんだ。応急手当が良くて大事には至っていないが、危なかったぞ」
 ダンの仲間の自称医療関係者は、ナイフを火に炙りながら続けた。
「鉛弾は貫通していても破片が体内に残っていることがある。取り除かないとそこから組織が腐る。まぁ、口にしなければ中毒の心配は無いが」
 そして見覚えのある、白い粉が用意されているのが目に入った。
「坊主。お前たちが持ってくる予定だったゴアだ。局所麻酔で使い、患部をナイフで切る。麻酔が不十分で痛みを感じるかもしれない。舌を噛まないように、布でも口につっこんでおけ」

 局所麻酔が強く効いたのか、俺は、意識を失い、切ったり縫ったりした記憶は無い。
 しかし、目が覚めた後、発熱で朦朧としながら、燃えるような足の痛みにのた打ち回った。痛み止めとしてゴアを出されたが、俺は口にするのを拒み、ヨハネの用意したコウの木の葉のお茶だけを、何とか口にした。

 遠い、かすかな記憶。
 熱に浮かされた俺の手を握る、暖かな手。
 優しい声と、金の髪。
『ディー、遅くなってすまない』
 そう、そんな感じの名前で俺を呼んで……。

 ドタドタと、沢山の人の足の乱れた音。
 人の叫び声、怒号。
 うっすら目を開けると、俺は、光を反射して輝いている、豪奢な金の髪のでかい人間に抱き抱えられていた。
「全員、捕獲。任務完了しました」
 遠くから聞こえる声に、頭上の人物が答えた。
「よし。連行せよ」
 低くて冷やかな、でも、随分と落ち着いた柔らかい若い男の声。
 そうだ、この声は……。
 保管庫で聞いた…………。

 そして、そのまま意識は遠のいて………………。

 次に意識が戻ったのは、柔らかいシーツと布団の上だった。



エピローグ 〜そして兄弟は再会した〜

《E−1》

 俺がベッドに縛りつけられている間に、成人式祭は終わってしまった。
 お祭りを楽しむ暇もなかった。
 もう授業は開始している。俺はベッドから離れられず、学校へ行くことができない。
 リーダーが落第なんて、そんなかっこ悪いことは、避けたいのに。

 例のアジトは、国の警備団に踏み込まれ、全員お縄となった、らしい。

 隣町へ行く前日、俺とヨハネは、マルクに、手紙とゴアそして例の紫の宝石を持たせた。俺達が出発した日に、姉と共に城に行ってもらったのだ。だから、時間がかかっても、警備団が俺達を探しにくるのはわかる。しかし、隣町はともかく、アジトの場所まで来ることが出来た理由は、もう一人の通報者がいたからで……。

「チョーク、いつまで居るんだよ。どっか行けよ」
 警備団に捕まることなく、そして、さっぱりとした清潔な身だしなみをしたチョークは、もう大分前から俺の枕元には立っている。
「今生きてここにいるのは、誰のおかげですか」
 今までの言葉が嘘のような丁寧語で話しかけてくる。
 チョークは、貴族の子息、なんだそうだ。
 第一王子と姫様の指示で動いていた、二重スパイ。
 第二王子と思われる人物を見たという情報を聞き、真偽を確認するために貧しい村人になりすまし、潜入。そして、ゴアを押収した犯罪組織の逃走、隣町近くに潜んでいるという情報を得て、更にそのスパイとして組織にも潜入したらしい。
 しかし、村人に成りすます為とはいえ、頭にシラミを飼う貴族がどこにいるんだよ。
 さらに、さらに。こいつは俺より年下。13歳だったのだ! 体格が良いため、実年齢では貧しい子供に見えないからと、実際の年齢より3つも上の年齢を言っていたのだ。
 2重スパイと年齢詐称の13歳なんて、ありえない!
 そして、いくら仕方無かったとはいえ、許せないこともある。
 先に威嚇射撃をしてダンを牽制し、被害を最小限に抑えていたというが、軽傷とはいえ、ヨハネは実際に怪我を負っている。
 そして何より、こいつはマルセイユを……。



《E−2》

 その時、ガチャ、と扉が開き、ヨハネとマルクが入ってきた。その横には。
「マルセイユ!?」
 俺はベッドから上半身を起こし、すぐに痛みで布団に沈没した。
「……生きていたんだ……」
 死んだ、と聞いた時は、乾ききっていたのに。生きていたと知り、俺の目は熱くなり、涙がこぼれた。
「『消えた方がいい』と言いましたが、『殺した』とは一言も言ってないです」
 シラッとした顔で、チョークは嘯いた。
「僕、死んだふりが、ばれるんじゃないかって、緊張で、ガチガチだった、なのに、セイルが手を掴むから、心臓の音が、聞こえたらどうしよーって、どきどきしたよ」
 ……緊張して固くなっていたのを、死後硬直と、俺は、勘違いしたのか? そんな……。
 役者になれるよ、マルセイユ……。
 涙を流す俺に、ばつの悪そうな表情をすると、マルセイユは、持参してきた皆の名前とお金の入った封筒を、そっと俺の枕元に置いた。

 その時、再び扉が開き、豪奢な金髪の大柄な男が現れた。
「第一王子さま」
 素早くチョークは跪いて頭を垂れ、マルセイユとマルクは這いつくばった。
「ディー、体調はどうかな?」
 例の、低くて、ちょっと冷たい感じの、落ち着いた柔らかい声。
 さすが、マリア姫様の兄上様。
 スラリの美しい姿形に、姫に良く似た美しい顔、豪奢な金の髪、美しい紫紺の瞳は、まさに光の大天使様というに相応しい。見つめ過ぎると、罰があたって目が潰れそうだ。
 でも傍にいると、なぜかホッとする人だ。
 しかし、第一王子、御自ら、保管庫に潜み、アジトに先頭きって乗り込んできた。
 そんな王子がどこにいる。
 ……さすがチョークの上司だ。
 そして、俺を"ディー(ディライト)"と呼び、自分の弟だと言う。
 物心ついてから、俺はずっと"セイル"だった。ディライトと呼ばれ、兄弟といわれても、困惑するばかりだった。信じられない。ありがたいような、怖いような……。

 第一王子が歩み寄って来ようとすると、ヨハネが、俺を庇うように、前に立ちふさがった。
「君は、兄弟の語り合いを邪魔する気かい?」
 目をすっと細めた第一王子に、ヨハネは無謀にも挑戦的な口調で言った。
「リーダー、いえ、セイル、様は、まだ傷は居えていません。王子様がいらっしゃると、気を使って休めません」
 すると、第一王子はクスリと笑った。
「君は、ディーを守る騎士だな」
 そう言うと、クルリと踵を返し、扉に向かった。
「身を挺して弟の命を守ってくれた騎士に、この場は譲っておくよ」
 そして、手にしていた花束をチョークに渡すと、俺が話しかける間もなく、そのまま部屋から出て行ってしまった。



《E−3》

 はぁあああああ、と俺は息をついた。
「ヨハネ、不敬罪に問われていたら、どうするつもりだったんだよ」
 しかし、ヨハネは、不機嫌な顔でこちらを見た。
「自分の国の王太子に対して、こんなこと、言いたくはないけど」
 チラリとチョークを見て少し躊躇った後、話を続けた。
「あの人は、サディストだ」
「サディスト?」
「リーダー、考えても見ろよ。チョークから情報を得ていただろうし、あの人は俺達より今回の事件に詳しかったはずだ。保管庫でリーダーを問いただす必要も、ましてや切り付ける必要もなかった。姫様の部屋にそのまま連行すれば済んだはずだ」
「あ……。言われてみれば」
「何より、逃げた犯罪組織を捕まえるために俺達を利用したんだよ? 結果、リーダーは大怪我を負ったんだ。兄弟でも、10年も会わなければ他人と同じだよ。リーダー、例え王子でも、お兄さんでも、あの人を信用するのは危険だよ。だいたい、顔しか取りえのないリーダーの、顔を傷つけるなんて信じられない」
「顔しかって。何か、嬉しくないぞ」
 チョークは面白そうに、俺達を見ている。

 その時、再度扉を叩く音がした。
 そして部屋に入ってきたのは。
「マリア姫!」
 仲間たちは素早く反応し、跪いたり、這いつくばったりしている。その姿を横目に、俺はチョークから花束を奪い取り、サッと姫様に差し出した。腿の痛みは我慢だ。
「いつも綺麗な僕の妖精。君を飾ることのできる、この花に、俺は嫉妬してしまいそうだよ」
「大怪我をしても、緩んだ頭のネジは締まらなかったみたいね」
 マリア姫は、ニッコリと笑いかけてきた。
「私は貴方の姉です。花束はいりません」
「姉だなんて、冗談じゃない。結婚ができない! だから貴方と私は他人です」
「…………。その容姿。そして貴方の左腕の火傷跡。それが何よりの証拠なのです」
「左腕?」
 俺の左腕には、物心付いた時から、引きつった判子のような火傷の跡がある。
「ディライト第二王子は4歳の時、左腕に火傷を負い行方不明となりました。私たちは、10年に渡り探し続けてきたのです。そして、ようやく貴方を見つけました。ディライトは、"喜び""喜ばす"の意味を持つ、素晴らしい名前よ?」
 マリア姫は、そっと俺の手をとり、優しく微笑んだ。
「お帰りなさい。私の可愛い弟、ディライト」
「弟は、嫌だーーーーーーーー!」
 俺の悲しい叫び声が病室に響き渡った。
 その時、ヨハネが後ろでボソリと言った
「もともと、身分違いで、結婚はありえなかったと思うけど」
 という言葉は、聞き流して。

 こうして、姫様に対する、おれの淡い恋の話は、終わりを告げた。……かもしれない。

 余談だが、鎖を買い取ってくれた紳士は、リア国の国王様、ご本人だった、らしい。
 姫君から話を聞き、宝石店で、俺の為に待機してくれていたのだ。
 部下も付けずに、街を歩き回る国王がどこにいるんだー!
 さすが、あの親(国王)にして、あの子(第一王子)あり、だ。

 仲間たちが、同じように、あの親(国王)にして、この子(セイル)ありだな、なんて考えていたことは、思いもよらない俺だった。


(第一話、終了)


MENU  TOP↑